ミッション12 『目的地』
社長室の中で暇そうにキーボードを打つカグラ、ヤマトの言葉が引っかかったのか船の購入履歴を捜す。出品者は良くある名前で画面をクリックすると既に退会しておりページが表示されていない。
「おかしいわねー」
「お嬢様、次のおやつをお持ちしましょうか?」
聞き間違いのカルメンがカグラを見ると席を立ち始める。
「いや、そーじゃなくて。ほら、この船を買った相手、今調べてみたら、もう既に退会してるのよね」
「特に気にする事もないでしょう。確かに、宇宙に出るためのユニットが無かったのは痛手でしたが、此方もその辺の記載を確認しなかったわけですし。改めてお嬢様お詫び申します」
カグラに丁寧に謝るカルメン。その動作に慌てて手をふるカグラは慌てて弁解をした。
「ちょっとちょっと、もう良いってば。昨夜も謝ってもらったけど私もちょっと重く考えすぎたわけだし。そーよね、最悪廃業して別な道でも良かったのよね」
昨晩カグラの部屋に確認チェックを怠ったと謝りにいったカルメン。何度も謝るカルメンを宥めるのに時間のかかったカグラであった。
「その場合借金が残りますが」
「まぁね、そん時そん時よ。モデルでもやって稼ぐわよ」
カグラの机にはファッション雑誌が置いておりカルメンはそれを見ると『なるほど』と小さく呟いた。
「所でお嬢様。一般予選会の日程が決まりました。丁度一ヵ月後に地球から月の一周レースになるそうです」
「何か話をそらされたような。まぁいいわ了解、にしてもソレまで暇ね」
「ええ。幸い重力ユニットは明日にでも出来上がるとの事でしたので、いっその事月まで行きませんか? 長い期限で丁度依頼も入っている事ですし」
思いもしなかった仕事の依頼に思わず立ち上がり手を机に着くカグラ、テーブルの上にある煎餅が辺りに散らばる。カルメンはそっと立ち上がりカグラの机を拭き自らの席へと戻る。
「ふえっ、宣伝もしてないのに依頼って何処からっ」
「タチバナカンパニーとなっております。代表者は京子・橘と成っておりますね。内容は宇宙食の移送、期限は四ヶ月内となっております。お断りしますか?」
「うわ、京子さんだ、本当に仕事の依頼をくれるとは、いくいく是非いきましょう」
「では手配をします」
部屋の中で身体を動かすヤマト、日課と成りつつ運動をしていると部屋の中にインターホンが鳴る。
スイッチを入れると向日葵の声が聞えてきた。
「ヤマ坊。朝ごはんの時間じゃ」
「わかった。直ぐに行く」
時計を見ると午前八時を示していた、ヤマトが食堂に着くと他の乗組員は既に揃っており。カグラ、カルメン。その向えにマリー、向日葵。最後に来たヤマトは向日葵の隣に座る。
大きなモニターを付けると朝の情報番組が映し出された。ニヶ月後に開催される惑星間レースの話題などを映し出されていた。
「で。ご飯中になんだけど、積荷を積んで月に行こうかと思います」
「観光か?」
「仕事よっ」
突込みをいれるカグラの横でカルメンが口頭で説明し始める。
「此処からはわたしが。タチバナカンパニーからの宇宙食半年分を積み、月にある倉庫へと運びます。片道六日程度と予測してます、運行中は通常の業務と違い手当てなどが付きます」
「あ、ほらっ向日葵ちゃん、沢庵よ」
「カグラ嬢有難うじゃの」
「あっ麻酔薬の残り調べてこないと」
「地上に要る間は休暇みたいな物だからな了解した」
唯一まともな返事をしているヤマトを確認すると業務終了とばかりに説明を終えるカルメン。味噌汁のおわんを持ち静かにすすっていた。
朝食も終わると通常は自由時間であるが、今回は初の積荷を入れるためにヤマトが重機を操縦して艦の倉庫室へとコンテナを運んでいく。
「やっほー」
コンテナの近くで手を振る見知った顔、京子であった。肩からはクーラーボックスを抱え、開いている手で大きく手を振る。ヤマトは短く挨拶をすると目もくれずコンテナを積む作業を再開し始める。
大きく手上げたままの京子が一人残されてあげた手を下ろしその手の平を見つめていた。
数十分後、再びコンテナを積み込むのにヤマトが重機に乗って、今度はクーラーボックスの上で飲み物を飲んでいる京子の側まで近寄ってきた。
再び京子は手を上げて大声で、
「やっほーい」
と叫んだ。
ちらっとヤマトは京子の姿を確認すると再び作業に戻る。
「少しはこっちを見ろっ!」
飲んでいた空き缶をヤマトへ投げつけると、重機に乗っているヤマトはそれを片手でキャッチする。
乗っている重機のエンジンを止め京子のほうへ振り返った。
「先ほどからなんだ」
「なんだは無いでしょうなんだは。こう見えてもクライアントなんだ」
「クライアントだからと言って作業の邪魔になるような事をしてはいいとは思えない」
「たまにはいいだろう、付き合ってくれても。こうして冷たい飲み物も持って来たんだ」
座っていたクーラーボックスを開けて冷えた飲み物を二つ取ると一本をヤマトへと投げて渡す。
綺麗にキャッチしたヤマトは『ふむ』と小さく頷くと重機を降りた。
「では、少し甘えよう」
「お、素直になった」
「何、此処で作業を続けても次来た時にまた缶をぶつけられそうでな」
「良くわかってるじゃないか」
「で、本題はなんだ」
ヤマトが隣にいる京子へと質問を投げかける。
京子は黙って船のほうへ目をやりながら答えた。
「何処から言おうか、簡単に言えば敵状視察。船の全長はおよそ、百五十って所かな、高さは四十ぐらいかな? 先端が尖っているから今時珍しいスピードタイプの艦だね、艦にしてはちょっと小さいけど一般運行なら問題ないかな」
目視でほぼ正確な答えを導き出す京子。さらに言葉は続いた。
「此処までなら良いんだ。カグラちゃんの艦がレースに出るって聞いてね、少し調べて見たんだけど。この艦、データーブック登録名簿を調べても出てこないんだけど……何なの?」
「ほう、見ての通りの艦だ。現状一隻しか作られてない試験艦だからな。データーブックにも乗らないのだろう」
「なるほどね……これはとんだ伏兵だ、運転はヤマトが?」
「いや、俺じゃない。そもそも雑用として採用されてるからな詳しい事は知らないぞ」
「そっか、ありがと。それでも大体は満足したよ、気になって見に来たんだ。悪いね仕事の邪魔をしちゃって」
明るい声で喋ると立ち上がる京子、クーラーボックスを肩にかけ出口へと向かう。倉庫前には車が止めており、後部座席に荷物を放り込む。
ふと立ち止まると、振り向きヤマトへと声をかけた。
「あっ、思い出した。何処かでみたなーって思った艦と思ったら。いま月で建造中の艦さ、この艦とそっくりだったよ、最近の流行なのかっ。じゃぁねー」
ヤマトの足が止まり振り向くと、既に運転席へと乗り込んでいる京子は車を発進させていた。