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奏音は先に英章の家を出て、公園の自動販売機で購入した缶ジュースを片手に日差しを浴びていた。茉奈たちにはまだ連絡をしていない。というよりは、連絡をできずにいる。おそらく、今この状態で連絡を取れば感情的になってしまいそうだ。
そうなれば負の連鎖が続くことは目に見えている。しかし、許せなかった。
自分の師匠は、いつもお客さんのことを第一に考えていて、職人気質はもちろんあるけども、あくまでも客商売ということを忘れた人ではなかった。それが、あまりに周りに目を配らせていなかったのだから怒りたくもなる。
「だけど、言い過ぎたかなぁ……」
そして落ち込む自分。自己嫌悪の塊だ。一時期のちっひーほどではないが喜怒哀楽をうまく制御することができない。というより、本来の目的を喪失して現在は華央に全部任せている状況だ。決して良い状況とは言えないだろう。
京都の町はどこまでも穏やかで、それが妙なうざったさも感じさせられる。もっと観光地の方に行けばきっとレンタルの着物を着た人がたくさん歩いていることであろう。ジュースを飲み切る。そのままゴミ箱に投擲をして、カンと音が鳴ってはじかれる。そのまま無視をするわけにもいかないので、ため息をついて缶をとってゴミ箱に入れる。
なんだか何もかもが逆風になっているようにすら感じる。というより、ここまで感情的になったのは久しぶりな気がする。
ザリッと公園の入り口で音が聞こえてそちらを除く。華央がたっていた。隣に英章は見えない。
「先輩は今お風呂に入ってもらってる。一度頭を覚ます意味でもね。あと、服とかにもコーヒーの匂いが染みついていたし」
「そうですか……。それで、英章さんはあれから?」
「奏音ちゃんが部屋を出てからしばらく呆然としていたよ。それはオレもだけどね」
苦笑いを浮かべる華央に今更になって恥ずかしさがこみあげてきたので顔を伏せる。バリスタになってまだ数月の自分のお説教とは、身の程知らずもいいところだ。
「だけど、忘れていたよ。確かに、オレたち『センブリ』の意味はお客さん重視だった。バータイムを作ったのももとは、お客さんからの要望があったから。だけど、コーヒーにのめりこむあまりにそのことを見失っていたような気がする」
「バリスタとしては、もしかしたらそちらの方が正しいのかもしれません。そもそも、コーヒーをよくしたいというのは全てお客さんのため。どちらの立場に立ったとしてもお客さんがいるというのは共通項だと思うんですよね」
「そう。先輩にしてもその思いがあったはずだ。それは『リンドウ』からの系譜のはずだから、gustoにしたって、デティールにしたって、たとえその形態がシアトル系だろうが、変わらないはずだ。そこだけは、勘違いしないで上げて?」
「そんな、わかってるつもりです。ただ、私はまだまだ子どもだから、傲慢になってしまって、それで怒っちゃって」
「奏音ちゃんが子どもだったらオレは青洟垂らしたガキだよ」
「そんなこと」
否定の言葉を言いながら首を振る。
華央は副店長としていつも導いてくれていたのは知ってるし、なんだかんだで頼りのある人間だ。だからこそ、茉奈も惚れているはず。京もなんだかんだでなついてもいるし、彼がいい人間であることは明白だ。
「奏音ちゃん」
「なんですか?」
「この後はどうする?滞在時間は長く見積もってあと4時間。それまでに先輩の気持ちが変わるかどうかだけど……」
「わかりません。だけど英章さんなら、たぶん大丈夫なはず。私は、英章さんを信じます。信じたいです」
「オレもだ。茉奈ちゃん達には悪いけども、連絡はまだ少し待ってもらって先輩の納得いくコーヒーとココアを作ってもらおう。そのための強化をオレたちだ」
「はい」
華央の目を見て真剣に返事を返す。ここで二人のバリスタが一人のバリスタ強化を決めるために手を結んだ。




