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食事はあまり派手な物ではなく、簡単なお粥に卵やら栄養の豊富そうな物を詰め込んだ簡単な物だ。そうなったのは、冷蔵庫の中身がほとんど無く、なんとか残っていた米とコンビニまで走って見つけた食材をもってきたためだ
温かいお粥と対象的に食事の現場は冷え切っている。待機組の茉奈と京に連絡をしていないのは少ない慈悲だ。茉奈はまだ大人の対応でゆっくりと情報を待つだおろうが、京は飛び出して電車に乗ろうとする直前にお金を持っていないことに気づくぐらいのことはやりかねない。
ある程度の食事を終えた後、回復しきったと考えたのち口を開いたのは、華央だった。
「……それで、先輩。いろいろ、聞いてもいいすか?」
「さすがに、ここまで来て帰ら去るわけにはいかないし、帰ってくれないよね」
「…………」
「わかった、話す」
無言でその言葉を肯定されたことを知った英章は少し重く口を開く。
ようやくカフェインのなくなった部屋で話される内容はどれほど、苦いものであるのだろうか。
「とはいっても……僕も大した話はできないよ?ただ、コーヒーの研究をしすぎて食事も忘れて……それで気が付いたら……キッチンで眠っていたみたいで」
「倒れていた、っすね」
「あぁ、そうだな」
ほんの少しのごまかしも通用はしないと圧力をかける。華央は気持ち厳しめな視線で華央をにらんでいる。奏音は黙って事の成り行きをみまもっていた。
「だけども、なぜか納得のいくコーヒーができなくてこれじゃあ、センブリに戻っても迷惑をかけるだけだと思ってさ。それでのめりこんだら……ね?」
「ね?じゃないっすよ。それで、満足のいくコーヒーっていうのは見つけれたんですか?」
「まだだよ。ずっとコーヒーのことを考えて、いろいろ配合を試したりもしたけど満足のいくものはできなかったんだ」
「だとしても、リンドウにこだわることもないんじゃないっすか?もう先輩は自分で研究してる域にいるわけですし、センブリでもできると思うんすけど」
「ダメだ。こんなんじゃ納得できない。こんなコーヒーを出すのはプライドが許さないよ」
それが、完全なトリガーとなった。普段温厚だし、おそらく英章に対して文句を言う機会はなかったと思う。しかし、限界だった。気が付いたら視線を鋭く向けて口を開いていた。
「いい加減に……いい加減にしてください」
「えっ?」
「いい加減にしてください。さっきから聞いていたら」
「奏音ちゃん?」
華央も戸惑っているのか何も声を出せぬままにいる。
「前回、リンドウに来た時、コーヒーを飲ませてもらいましたけど……違和感を感じました。それは、京音里さんに尋ねられた際も伝えました」
「先生にも?」
「でも、何が違うのか、それがわからなかった。でも、今の話を聞いて、ようやくわかりました」
奏音は小さく、そして一気に息を吸い込む。それが決意というものだ。黒く澄んだ色のコーヒーを届ける決意をする。
「『自分にとって今日何回目かもわからないコーヒーを淹れる仕事だとしても、大抵のお客さんにとっては自分の淹れたコーヒーを飲むのは今日は初めてなんだから、きっちり淹れなくてはならない』、『中にはミルクやシロップをたくさん使いたい人もいるだろう。そのお客さんにとって最高の状態のコーヒーを召し上がってもらいたい』……センブリで働くときに、コーヒーを淹れさせてもらうようになったときに、そしてバリスタとして活動をすることになったときにあなたが言った言葉です。これは全てお客様本位の言葉……。英章さんは基本的にお客さんを重視して、飲んでくれる人の気持ちに立ってコーヒーを作成していたはず。なのに、今は……自分がどうって。飲んでくれる人のことを考えてすらいない。そんな人においしいコーヒーなんて作れるはずが、ないです」
断言してみせる。そこには多少の怒りも混ぜながら。英章はそんな奏音を呆然と見上げていた。




