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この、清水寺へ続く道を歩くのも三回目だ。一回目はセンブリのメンバー全員と、二回目は軽い変装をして、三回目は華央とともに。そして、目的地こそ一緒だが、目的は三回ともすべて異なっていた。なんだか、妙な気分ではあるが仕方ない。
華央と顔を見合わせて一度頷いてからリンドウの扉を重く開ける。
カランという音の後にそこにいる人を確認する。
「あぁ華央ちゃん、奏音ちゃんも、ようきたねぇ」
「奥さん、お久しぶりです。先生と、先輩は?」
その問いかけにこたえるようにバックヤードから京音里さんが姿を現す。だが、肝心の、といってはおかしな話だが、英章の姿が見えない。
その様子に気が付いたのだろうか、挨拶もそこそこに本題へと入る。
「ヒデだが、実は遅刻をしているようなんだ。20分前にここに来るはずなんだが……、遅刻をすることもなかったし、おかしいんだ」
「先輩が?んー、確かにおかしいですね」
少し考え込む華央。コーヒーのことに関しては暴走をすることもあるが、基本的には真面目で勤勉な彼が連絡もなしに遅刻をするとは考えづらい。こんなに早くトラブルがやってくるとは思わずに狼狽は隠せない。
「ダメだ、携帯にもつながらない……。カオ、奏音ちゃん。悪いがヒデの家まで行ってみてはくれないか?」
「先輩の?場所は……」
「今から教える。車も貸すから、カオ、お前運転しろ」
「わかりました。奏音ちゃん、ここで待ってて。車回してくる」
「お、お願いします」
その間に、京音里から連絡先などを入手しておく。もしもの時の場合や、その後の対応など。また、場合によっては別にリンドウに戻ってこなくてもよいということも受け取った。
すぐに華央が車をリンドウの前まで乗り付けてきたので簡単に挨拶だけをして車に乗り込む。車中の会話は必要最低限で、法定速度ぎりぎりで飛ばす。スピード違反をしたい気持ちはあるが、パトカーに止められればさらに時間がかかり、万が一事故でも起こそうものならば大問題だ。
車を飛ばして十数分のところに英章の下宿するアパートはあった。幸いにも近くに駐車場があったためそこに止めて走ってやってくる。
インターホンを押すが……反応はない。むなしい音だけが響く。
「英章さん、英章さん!いませんか?」
扉をトントンとたたくが中の反応がない。このまま2分ほど待ってみたが、やってくる気配がない。
「ダメだ、どうするか……」
「あっ、もしもの時はって京音里さんから合鍵もらっておきました」
「ナイス。先輩には悪いが……、もともと悪いのはあっちだ。入ろう」
「はい」
さらには英章のことなら不法侵入と騒ぎ立てることもないだろう。
「失礼しまーす」
鍵を使い違法的に侵入を果たす。そして部屋に入った真っ先に感じたのは、むせ返るほどのコーヒーの香りだった。カフェインを凝縮した何かは、コーヒーに慣れている二人にしてもなかなかにきついものがある。思わず眉根を寄せて中に入る。目的の人物はすぐに見つかった。
台所で倒れている姿で。
「先輩!?」
「英章さん!?」
慌てて駆け寄る。脈は……ある。熱もない。呼吸もきちんとしている。思わずゆすってしまったが本当はよくないのだろう。少し自重をするが。
「ん、んんー」
「先輩!!」
「英章さん」
うなり声をあげる。目攻め用としているのだろう。ぼんやりと瞼が開いていく。そして焦点が定まってようやく自分を起こそうとしていたのが見える。
「……奏音ちゃん?それに、華央も……」
「先輩。よかった、目がさえたんですね。とりあえず、水を」
「どうして……、というか、そうだ。リンドウ」
「先生には別に来なくていいといわれてますから」
「いや、そういうわけにはいかないし」
「いいですから……」
「ありがとう。大丈夫だから――――」
「全然、大丈夫じゃないじゃないですか」
それでもなお、リンドウに向かおうとしている英章に、我慢できなくなった奏音が怒りを抑えた声でぶつける。
「大丈夫じゃないから、ここで倒れていたんじゃないですか。なにも……、大丈夫じゃない」
「えっと、それは」
「英章さん。私はこの状態をどうにかするために簡単に掃除と料理を作ります。それまでの間に、どうしてこうなったのかを私たちに説明をするために……その言葉を探しておいてください」
「……オレは先生たちに電話してくる。先輩、奏音ちゃんの言うことを聞いてください。今のあなたなら、オレたちでも簡単に抑えられますから、そこは忘れないようにお願いしますよ」
二人の眼光に英章は押されたように小さくなる。英章をリビングの方に無理やり移動させてから、ひとまず、噎せ返るほどのカフェインの匂いを飛ばすため換気扇をつけた。




