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約束の日にち……、半年の期限が目の前に迫ったそのときになっても、彼の納得いく作品はできあがらなかった。なぜ、どうして。そんな思いだけが頭に渦巻くが明確な答えが出るわけでもなく、むしろ苦しみと苦悩がそのままココアやコーヒーの味に現われる。
「ダメだ、このままじゃ、うん」
あの時――――奏音が京都までわざわざやってきた日、彼女はコーヒーを淹れてくれた。というよりは、話の流れで彼女の腕の上達を見ることとなったわけなのだが、その時の衝撃は忘れられない。自分が停滞をしている間に彼女はどんどんとうまくなっている。その胸から湧き出るコーヒーへの思いはそのまま舌に伝わりその味わい深さを伝えている。
あの時は何ともなさそうな顔をしてうまくなっていると、上から目線で褒めてみたものの、その成長度合いに震えていた。
それと同時に自分の全く前に進めていない感覚に明確な何かを――――嫉妬を覚えていた。もちろん、純粋な味の良さ、バリスタとしての格であれば自分の方が技術もなにも上回っている。クレマの質、タッピングの方法、それらは確実に自分の方が上だ。しかし、彼女の成長は別のところにも見えた。それは速さだ。
英章の教えはかなりゆっくりに作成するタイプのものだが、おそらくデティールの影響だろう、スピードも身についている。別に早ければいい、というわけではないのだが同じ味を提供できる店があるとして、早い方と遅い方、どちらの方がよいかなどは比べるまでもないだろう。また、あくまで喫茶店というのは職業であり、商売の一種なのだ。客の回転率を上げるという意味であれば、早く商品をお届けすることは大切である。そんな技術を身に着けた、奏音はもはや、立派なバリスタと名乗っても問題ないはずだろう。
――――また違う。
仮住まいしている家のシンクにコーヒーをぶちまける。ここ最近、ココアはおろかコーヒーすら納得のいくものができなくなっていた。グラスに残ったコーヒーのしずくを洗い流しながら必死に何がいけないのかを考える。
温度は……問題がない。ミルクの量か?それともスチームの仕方が違うのか。
京音里の師事によりココアの作り方は学び終わったはずなのに、全く同じ味にならない自分の未熟さが腹立たしい。
携帯が震える。誰からだろうか。まぁ、あとで返信をすればよいだろう。とにかく今はコーヒーだ、ココアだ。こんな状態でセンブリになど帰られない。
英章はココアパウダーを手にして頭の中でシミュレートをする。こうすればうまくいくはず、こうすればよくなるはずと。その工程を一つ一つ思い出しながら、丁寧に、丁寧に淹れていく。
「まずい」
納得がいかない。ココアには妙な甘さと、そしてえぐみが全身を襲い掛かる。とても呑めたものではないとまた残りはシンクに飲ませた。
胃が痛くな想いを抑えながら頭をかきむしる。いらだっても仕方がない。こんなココアやコーヒーでは……誰もいやせない。納得のいくものを作るために、奏音の成長に並べるようにするために。
凡才が天才に並ぶためには、必要以上の努力が必要だ。自分はあきらめない。
英章の瞳が怪しく光る。生活感が徐々に薄くなる室内にはコーヒーとココアの匂いがいりまじった、不気味なにおいが充満しており……。
そんな無茶な生活をしている英章が下す決断はあまりにも全うで理論的であり、感情の伴わない、非常なものだった。




