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リンドウはバックスペースをかなり広く取っていて、そこで在庫の管理なども行われている。様々なコーヒー豆の匂いに包まれる中、赤い顔をした奏音の独白が続く。
今回の出来事、そして裏で糸を引いていたメンバーについてなど、洗いざらい話した。
それと同時にバレてしまったことなどを茉奈達に伝えたこともあって、携帯は通知が止まなかった。
「なるほどね、それでわざわざ京都まで……」
「ひ、英章さんの動向を探るって行ったら聞こえ悪いですけど、その、みんな、心配してましたし……もちろん、私も。だから、代表して私が来たわけで……」
しどろもどろと言い訳がましく伝えてしまう。本音を言えば寂しかった、逢いたかったに集約されるのだけど、まさかそんな事を伝えるわけにはいかない。
いや、むしろ伝えてしまった方が身のためでは? と思うが度胸がないし、自分の存在が彼をブレさせては行けない。
「にしても、全然気づかなかったよ。ウィッグやら化粧やらであんなに変わるもんなんだね」
「それは、まあ。なぜ化粧が化かすという漢字を使うかって事です。それに今回は素体を隠すということに着手してアクセサリーなんかも付けましたし」
「そっか。奏音ちゃんの場合は素体を隠しちゃうのは勿体無いと思うけどな」
「…………えっ?」
一瞬その意味を把握するのに遅れてしまう。だけど、隠すのが勿体無いという言葉の真意を理解しようとした時に、顔が熱くなるのがわかる。心臓の鼓動が早鐘を打ち、ぼんやりとしてしまう。
「化粧って匂いとかあるから、コーヒーそのものの匂いを損なう可能性もあるし、バリスタとしては匂いを重視したい時もあるし。普段と違う事をしたら集中も途切れちゃうからね」
「……ですよね」
「なにが?
「いえ…………」
期待した自分がダメだったとため息をつく。今こそ山苗の言葉を借りよう。このコーヒー馬鹿、と。
タチが悪いのはこれが無自覚な事だし、コーヒーに対する熱意が起こすものだから、怒ることも出来ない。
そもそも自分の勘違いが原因な訳だし。
とはいえ、むかつく気持ちもあるのでやはり『コーヒー馬鹿』といいたいのだ。
英章は特に気にしたそぶりも見せずに、なぜ気落ちをしているのかと不思議そうだ。自分の発言の危うさを知らないらしい。
「英ちゃん?旦那から。ここらへんの確認だけしてくれへんかってことやって」
「分かりました。今行きます。奏音ちゃん、ちょっとごめんね」
「い、いえ」
顔を横に振って彼を見送る。そうして英章が出て行った後、彼を呼びに来ていた杏が顔を自然に座った。
「……というのが、表向きな理由で本当は、旦那から奏音ちゃんに聞いといてくれっていうのがあるんよ。そのために英ちゃんはちょっと邪魔やったからなぁ」
「邪魔って……。それで聞きたい事って?」
「率直な質問らしい。英ちゃんがどうとか、店長だからとか、そういうことを抜きにして、いち、バリスタとして聞かせてほしいんやって。カフェモカの味、どうやった?」
「いち、バリスタとして、ですか」
まだまだ青いと理解している奏音だが、あの資格は紛れもなく本物であり、それによってできあがったプレイドもある。まさか捨てることができるはずもない。
「スキルは向上、その甘さやこくの深さは、かなりの評価があると思います。しかし――――」
「しかし?」
「何かが、たりない。それが何かまではわかりませんけど……。今まで、英章さんにあった何かが、ないんです」
「そう……。わかった。そう伝えとくね」
「あっ、英章さんには」
「わかってるって。伝えんのは旦那だけ」
そう返されてほっとする。それから、またカフェモカの味を思い出す。やはり、何かが違う。またしてもそんな結論へと帰ってきた。




