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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
ジャン・ジャック・ルソーーーー『ああ、これでコーヒーカップを手にすることが出来なくなった』
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 京音里の指示通り、1時に店に入る。カランコロンという音ともに営業中のリンドウに入る。いらっしゃいと声をかけてきたのは、奥さんの方、杏だった。そういえば彼女も事情を知っているのかと少しばかり不安を感じるが接客をするように近づいた後ウィンクを少ししてくる。どうやら知っているようだ。

「ご注文はおきまりですか?」

「えっと……こちらを」

 出来るだけ声を抑えて伝える。奏音はすでに彼の姿をとらえていた。

 英章はリンドウのエプロンを身にまといコーヒーメイカーを真剣な顔持ちで触っていた。店内に京音里の姿は見えないが……休憩でもしているのか気でもきかしているのか。

 確かに京音里がいることで彼に制作を任せてしまう危険性もあるかもしれないから、いい方法なのかもしれない。

「カフェモカを、1つですね。英ちゃん、アイスカフェモカ」

「はい、わかりました」

 英章は返事を返すとすぐに制作に取りかかる。

 カフェモカは、センブリに二回目の来店をしたときに頼んだ飲み物だ。そして、おそらくセンブリにのめり込むきっかけとなった飲み物。たぶん、たくさん飲んだ量で言えばアイスコーヒーの方になるだろう。しかし、一番舌が覚えている飲み物はといえばこのカフェモカだろう。あの味は絶対に忘れられない。それゆえに一番の比較となるはずだ。

 私はいつかと同じように適当な本を取り出してそれを読むふりをする。目は文字を追っていない。追っているのは英章の姿だ。その姿は確かで一つ一つの動きが鮮麗されている。

 しばらくすると、英章がトレーを手に乗せてやってきた。

「お待たせしました。アイスカフェモカとなっております。ごゆっくりお楽しみください」

 私は小さく頭を下げて礼を示す。言葉は最小限にとどめる。

 彼が去って行くのを見計らってカフェモカを飲む……。

 ――――あれ?

 だが、あの時のような感動があったかと言われれば、そうではなかった。確かにおいしい。味も修行の成果なのか向上しているし、舌触りもよい。甘さもすっきりしている。

 だけども、何かが物足りない。そんな風に感じてしまうのは、どうしてだろうか。

 思わずコーヒーを飲むように素早くコーヒーを吸い込みその匂いを口内で確かめてしまう。カフェモカにしたせいでエスプレッソ本来の味を考えることができなくなっているが、それでもかすかな元のエスプレッソの味をたどるとその変質具合がよくわかってしまう。

 ――――これが、英章さんのコーヒー……?

 なぜか、そんな疑問が出てきてしまった。

「……お客さん?」

「えっ、あ、はい」

 思わず素の声が出そうになるがそれを抑えて聞き返す。上から降ってきた声は英章のものだった。

「失礼ですが……同業者の方、でしょうか?」

「えっと……?」

「失礼しました。まるでテイスティングをなされているような飲み方だったために気になりました」

「あ、あはは。同業者というか、一応バリスタの資格はもってます」

 自分が同業者かと言われれば微妙なところだ。本業はあくまで大学生だし、英章や京音里、華央らと並べて同業と語ることに対して微かな抵抗もあった。

「そうでしたか。一応、ということはアルバイトかなにかで?」

「そうです」

「お店は京都の方に?」

「いえ、ここには旅行で来てます」

 あまり話したくないのに、どうして今日に限って彼は多弁なのだろうと少々じれったく思ってしまう。視線をさまよわせると杏があらあらと苦笑いしていた。

「そうでしたか……。まだお若そうなのに、すごいですね。私の知り合いにもあなたぐらいの年のころの女性で、すばらしいバリスタがいるんですよ。その方とテイスティングの仕方も似てましてね」

 ウィンザー効果というものが心理学にはある。これは直接言われるよりも、第三者から間接的に言われたほうが信憑性・信頼性が増す、という効果らしい。だが、今回のような状況ではどうなんだろうか。それに対する心理学的統計を知らないが、しいてあげるならば恥ずかしさが増すというのが答えではないかと奏音は思う。

「彼女はわずかな間で私も驚くほどの成長を遂げまして……今は連絡が少し途絶えていますけども、きっと私以上のバリスタに成長する本質をもっているような――――あれ?どうかされましたか」

「う、うぅ」

「あっはっはっは。ヒデ、そのあたりにしておけ。苦しいだろうし、ネタ晴らしもそろそろしていいんじゃないのかい?」

「先生……?」

「うぅ……。これは想像していたのと違いますよ。もう」

 バサリとウィッグを取る。そして装飾品も簡単に取れるものを取ってしまうと私は苦く顔を上げた。その顔は赤くなっている。

「って、奏音ちゃん!?」

 驚く英章を置いて奏音はまた顔を小さく赤くさせてうつむいた。

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