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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
作者不明――――『人生は、時にはコーヒー一杯の暖かさの問題なのだ』
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1

 奏音の中にあるのは大きな不満だった。何に対して、と聞かれれば少し困るが奏音は不満がたまっている。

「京都かぁ」

 足をバタバタとさせながらベッドの上で、自分の貯金通帳とにらめっこをする。バリスタとしての活動もあり貯金はそれなりにたまっている。京都へ旅行にいくぐらいであれば難しい話でもなく、夜行バスなどを使用するば、ホテル代も抑えられるしで、だいぶリーズナブルに抑えられることだろう。とはいえ、その一歩を踏み出すことがなかなかできない。

 ――――ブーブー。

「っ、電話かぁ」

 バイブレーションの音にびくりと肩を寄せる。別に誰が悪いとか、そういうことを言うつもりはないが、驚かされたという部分では気分が害されてしまう。

「もしもし?ちっひー?」

 電話を取る。そこに記されていたのはちっひーだった。デティールでも出会えるはずなのにわざわざ電話をしてくるとはいったいどうしたのだろうか?

「ガノ゛ン゛~」

「うっく、な、なにがあったの?」

 そこから響く泣き声に思わずひるむ。彼女の泣き声を聞くのは初めてのように感じる。確かに感情豊かな性格ではあるけど、涙を見る機会は少ないものだ。

「それで?」

「うぅ、ぐすっ……。浮気」

「はい?」

「彼氏が浮気してるかもしれないのー!!」

「うぇ、浮気……」

 思わず変な声が出る。デティール関係の事柄か大学関係の事柄かと思い電話に出たわけだが、想像を大きく変えてきた。あまりにものことであり、理解が及んでいない。

「浮気って……、確証でもあるの?」

「デートの誘いを断ってね……、それで忙しいのかと思ったら……女の人と仲良く歩いてる姿をみて……うぅ」

 涙を流し続けているのがわかる。確か今日はちっひーは仕事が入っていなかったはず。そこで出かけたらその噂の彼を、ということなのかもしれない。こちらとしてもいきなり黒だ、とは言えないので、ひとまずはなだめる方針に出る。

「わかんないじゃん。ほらっ、妹と――――」

「彼は一人っ子!」

「従姉妹とか――――」

「恋人つなぎだった!」

「あー……」

 言葉を失う。いまだに状況の把握もできていないがために確定はできないが、奏音の視点から見ても浮気ではないかと疑いたくなってしまう。あまりにも苦すぎるコーヒーだ。

「とにかく、ちっひーさ」

 そのため下手な慰めや、無責任な『大丈夫』は伝えることができない。だからこそ言葉を慎重に選ぶ。

「とにかく、いったん落ち着こうよ。仮に、浮気が本当のことだとしても、そこから奪い返すとかもちっひー次第だし、愛想をつかすというのなら、その方針で私も応援するつもり」

「うん、うん」

「ねぇ?これから暇なんだったらどこかで会おうよ。そっちがよかったらミキちゃんにも声かけてみてもいいし」

「ミキにも……お願い」

「わかった。ミキも用事があるかもだけどもね。じゃあ……3時ごろ待ち合わせ」

 私は時計を見て時間を決める。今から急いで出れば間に合うだろう。メイクなども特別する必要性も感じない。

「じゃあね」

 私はあえて一方的に電話を切って心を落ち着かせる。恋というのは甘いだけじゃないというわけなのか。

 ちらりと通帳を見る。

 それを片付けると、定期券を手に、支度もそこそこに家をでた。


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