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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
映画『かもめ食堂』――――『コーヒーは自分でいれるより、人にいれてもらう方がうまいんだ』
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 デティールの近くにあるドーナツ屋に入り、ドーナツとジュースを注文をした後席に座る。一奈はチョコレート系統のドーナツ、奏音はイチゴ系統のドーナツだ。

「思えば一奈ちゃんとこうして会うのは初めてだね」

「そう……ですね。ボクたちバラバラの時間帯で勤務だったりしたし」

「あー、そうだね」

 バリスタ役の奏音とレジ役の一奈では微妙に上がる時間も異なる。そのためなかなか時間が合うということも少ないのであった。もちろん、休憩時間中などでは会話をすることもあるのだが。

「それで聞きたいことって?」

「先輩は、ずっとコーヒーが好きだったんですか?バリスタもやってるし」

「んー、そうだなぁ」

 一奈の質問にメロンソーダで口を湿らせてから口を開ける。

「本音を言うと私はこのメロンソーダとかの甘い飲み物のほうが好きなんだ。それで、私が一番好きな飲み物はココアなの。逆にコーヒーとかは嫌いではないけど好んで飲むことは少なかったかなって思う」

「そう、なんだ。意外。てっきり好きだからやってるのかと」

「今では好きだけどね。ココアには負けるけど」

 あははと明るく笑ってドーナツを口に運ぶ。その時に今度デザート系統を作るときはドーナツのようなものを目標にしてみてもいいかもしれないと感じる。ただし、あげる時間などがあり、取り置きが難しいなどの問題が発生することも考えるとなかなかに商品化は難しいかもしれないが。

「バイトもしなくちゃというときにたまたま客として入った店がもともと働いていたお店、センブリ。そこで店の雰囲気や飲んだアイスコーヒーの味が忘れられなくてね。思わず勢いも手伝ってそのままバイトに。ただし、その時はただのウェイトレスだったけどね」

「最初からバリスタ志望じゃ、なかったんだ」

 一奈もドーナツをかじりながらそんな感想を漏らす。それに対して苦く笑って見せる。

「それどころか、自分がコーヒーを淹れるなんて考えてもなかったよ。詳しくは割愛するけど、話の流れで試しにコーヒーを淹れさてもらったことがあって……最初はちょっとした遊び的なものだったけど気が付いたら、そこの店長さんに手取り足取り教えてもらって今の私の出来上がり」

 その店長といえば今は京都で頑張っているのだが。師匠が途中でいなくなるのはどこか寂しい思いもする。

「英章さん――――店長さんの名前なんだけど、彼は優しくいっぱい教えてくれた。もちろん、強要することはなかったし、逆に甘やかすこともなかった。その店の副店長、華央さんと一緒に師事をしてたけど、華央さんの出来栄えに嫉妬することさえあった。もしも、私が初めて働いたお店がデティールだったらバリスタになってなかったかもしれない。そのぐらいに私はとって英章との出会いは衝撃だったの」

 ほんの少し運命の歯車が狂っていればこのような結果にならなかったはず。なんとなくで大学に入って、なんとなく就職して、というビジョンを思い描いていたのに気が付いたらここでこうしているのだから、運命というのは不思議なものだ。今の奏音があるのは英章のおかげといっても過言ではないのかもしれない。

「えっ……。あっ、どうしたの?」

 饒舌に語り、少し思い出に浸っていた奏音のことをジーと眺める一奈。その視線の強さに少したじろぐ。

「先輩……すっごく乙女な顔してる」

「ちょっ、そ、そんなことないって」

「もしかして……?」

「あー、それと!センブリでいろんな人と出会って面白いことも教えてもらったな。そのうちの一つがさっき話にも出た華央さんが好きなアナログゲーム。ほらっ、人狼ゲームとかなら聞いたことあるでしょ?ああいってゲームからカードを使ったゲーム、サイコロを使ったゲームまでいろいろ楽しんだんだ」

 自分でも強引とわかる話の方向転換。華央によれば遊びたくなればセンブリの休憩室においてあるので、メモ書きだけおいてもらえれば、いつでも持って行っていいらしい。鍵は預かっている。

「……そう、ですか。今度やってみたいです」

「二人だとコリドールやガイスターかなぁ?ちっひーとかも巻き込めるなら、ラブレターや犯人は踊るなんかもいいかもねー」

 方向転換にいぶかしげな眼をしながらも一奈は話を合わせたので、ほっと隠れて息をつく奏音だった。



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