1
「カフェモカを一つ」
「はい、わかりました」
とレジを打つ音が聞こえる。奏音はすぐさまカフェモカの作成に取りかかる。シアトル系カフェであったとしてももちろんのごとくエスプレッソはある。それを頼む人も少なくなんてない。ただし、カフェモカはイギリス系意識して作られてアメリカ産まれのコーヒーであるが。
一つ息を零して一気に作っていく。デティールに勤め始めて一ヶ月。この店の特徴もつかめはじめて来た。
「はい、お待たせいたしました。カフェモカとなります」
カウンターに出向いてコーヒーを渡す。レジに立つのは一奈だ。けだるい装いではあるが接客は丁寧でしっかりしている。素早く、またその猫っぽいイメージから密かにファンの客も増えている。
「一奈ちゃんも慣れてきた?」
「うん、慣れてきた……きがする。正直、わかんないかも」
「あはは、そうだよね。私も慣れてきたと思ってるけど実はということもあるしね」
こそりと一奈に話しかける。今いるお客さんはそんな一奈のファンの一人。一奈自身はそのことを気づいているのかいないのかはわからない。
「まだ、コーヒーの名前とかになれてないけど、先輩がボクに色々教えてくれたから」
「そう。まぁ、私もまだまだだなって感じることあるけど、そんな私でよければなにか答えるよ。まぁ、私より山苗さんの方が詳しいと思うけど」
ちらりと山苗を盗み見る。彼女のバリスタとしての腕は思わず惚れる者があった。まだまだ若い彼女だがこうして店を構えた理由がよくわかる。
デティールで出されるコーヒーの速度はセンブリの何倍ともいえる。もちろん、水出し式のアイスコーヒーなどはバリスタではない一奈らでも淹れることが可能であるためその部分でも速度カットの一躍を買っているといえる。
もちろんただ早いだけじゃない。その香りの深みやクレマの細かさは違いをもろに見せられたといえよう。それは副店長こと古木でも同等のことをいえる。
「私もそんなにだよ。正直単純な知識に関しては、二谷ちゃんの師匠さんの方が詳しいしね」
後ろで話を聞いていた山苗も話に入ってくる。英章の名前を言わなかったのは面識のない一奈がいるからだろう。
「昔から早さだけはよかったからね。味に関しては正直今でもまだまだだと思ってる。どう?正直な感想」
「味覚は千差万別ですからなんとも。しかし、私は山苗さんのコーヒーは好きですよ」
「うまくかわされたなぁ」
小さく笑う山苗。思えば彼女がセンブリを訪れたことはないためそれとなく探りを入れようとしたのであろう。だが、残念ながらそれに答えるつもりはない。
「ボクにはわからない世界です」
「でも、林ちゃんもわかるんじゃない?私と古木は似てるけど、少しだけ二谷ちゃんはスタイルが違うでしょ?」
「それは、なんとなく」
「そういう違いかな。結局誰を師事するかでスタイルも変わってくるわけ。だから正直二谷ちゃんにはあまり私のまねはしてほしくないところ」
「それは、そのとき次第ですね」
肩をすくめて返事とした。




