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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
セーレン・キルケゴール———『とにかく、私はコーヒーを高く評価している』
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 月曜の三限終わり。奏音は月曜日は2~3限しかとっていないために、今日はこれで終了だ。

「じゃあね」

「いいなー、カノンも終わりかー」

「その代わりちっひーは金曜休みでしょ?」

「まあねー」

 クスクスと笑ってちっひーは3号館の方へと向かっていく。それを見送ってから奏音はバス停へと向かう。まだ3限だったがために、バスはすいており、すぐに乗れた。一番前の右側の席に座りながらSecond World Storyを展開。ロード時間中に時計を見る。

 時間はまだ50分近くあった。余裕で間に合いそうだ。

 現在限定ガチャで出てくるキャラクター欲しさに課金の誘惑がそそられるが、それを我慢してゲームを進める。課金は底なし沼のようで一度踏み込むと抜けられなさそうだ。

 ゲーム終了後しばらく携帯をいじっていると、駅前につきすぐにピョンと降りたつ。

 多くの学生は少し疲れた顔で駅へと向かうが、奏音はその流れを逆らいしばらく歩く。目的地はセンブリだ。

 その表に出ている入口にはいかず裏口へと周り扉を開ける。

「こんにちはー」

 正式なアルバイト社員として働くこととなった初日。それが今日だった。

「おやー?キミは……」

 バックヤードにてセンブリの制服で雑誌を読んでいた女性が奏音を見る。

 ここのアルバイトさんかな?と考え名乗る。

「二谷奏音です。今日から新しくアルバイトに入ることになりました」

「あー、キミが噂の新アルバイトクンか。アタシは金里かねさと茉奈まな。ちなみに歳は19歳であと数月でお酒解禁です。センブリの発足時からいる古株なんだ。よろしくね」

「よろしくお願いします」

 ショートカットの似合う笑顔を振りまき奏音に手を差し出す。奏音は少し戸惑った後その手を取った。かなり気さくな人だなと苦笑いを隠す。

「よっし。じゃあ、先に渡す者渡しておくねー。とりあえずこれが奏音ちゃんの制服ね。あっ、奏音ちゃんでいい?」

「は、はい。お好きに呼んでください。あっ、ありがとうございます」

 差し出されている制服を受け取る。

「では、奏音ちゃんで。それじゃあ、こっちきてー。といっても更衣室は知ってるよね?」

「はい」

 一つ頷いて茉奈についていく。茉奈は更衣室につくと彼女を近寄らせる。

「はい、これがあなたのロッカーになりまーす。といっても鍵もなにもないんだけどね」

 まるで自分の店であるかのように自虐してみせる。その様子から彼女がずっとこの店で働いてきていたんだということがわからされた。

「そしてこれが奏音ちゃんのネームプレートでっす!」

 二谷奏音と書かれたネームプレートをロッカーから出す。

「一応下には研修用のバッジもつけてもらうけどねー。まあ、研修と言っても給料は変わらないから安心していいからねー」

「わかりました」

「じゃあ、着替えたらバックヤードでゆっくりしてて。アタシは英章さんに報告してくるからー」

 そういってひらひらと手をふって茉奈は出て行った。

 まるで嵐みたいな人だな。初めてあったのに気さくで……。19歳ってことは大学生、なのかな?

 そんなことを考えながら手早く着替える。

 代わり映えはしないが今日は以前よりも心に余裕があるためか、コーヒーの香りがここでも微かに漂っているんだなということが分かった。そういえばここのマスターである英章とメールのやりとりをしていたとき、全従業員はたったの自分も入れて4人になってしまっていたから、奏音が来たことをよかったと言っていたことを思い出す。ということは。

 天童英章、その妹の天童京。副店長の益岡華央。そして先ほどの女性、金里茉奈というメンバーだったのかと理解する。それに自分が加わり5人。決して多いとは言えない。いや、むしろとても少ない。もしかしたらローテーションが大変かもしれないなと少し覚悟をする。初日の忙しさはイレギュラーなものだと言われていたが、それでも身構えてしまうものだ。

「大丈夫……だよね」

更衣室にある全身鏡で自分の姿を確認して一つ頷く。化粧も落ちている様子はなかったので一安心だ。といっても奏音は面倒という理由もあって、ナチュラルメイクより少し濃いめぐらいのメイクしかしていないのだが。

更衣室を出てバックヤードの戻るとそこには茉奈の代わりに華央がいた。

「やっ、着替えてきたみたいだね。一応?オレが二谷さんの指導係っていうことになってるらしいから、よろしく」

「はい、よろしくお願いします」

「といっても基本的なことは一回目のあの時と同じだからなー」

 そういって笑う華央。

「つってもまだ始業時間じゃないからゆっくりしててよ。オレも休憩ってことで入ってるから」

 そういってグイーと華央は伸びをする。そして眼鏡を少し触る。

 なんとなく華央の様子を観察しながら椅子に座る。今更ながら整った顔立ちで本当に綺麗だなと見惚れそうなものをもっているなと奏音は感じる。

「ん?オレなんかついてる?」

「あ、いや……なにも」

 まさか本人を前にそんなことを考えていたと言える度胸が奏音にはなかったので慌てて視線をそらす。そしてその先にあったものが気になり思わず言葉を出す。

「ドミニオン?」

「ん?あぁー、それ。オレの私物」

 何ともなさげに告げる。

「知らないかな?」

「聞いたことがあるような、ないような……」

「まあ、そうだよな。ドミニオンっていうのはいわゆるボードゲームでさ。無茶苦茶簡単に言うとプレイヤーは小国の領主になって自分の領土を拡張していって最終的に勝利点っていうのがあるんだけど、それが一番多いプレイヤーが勝ちっていうゲーム」

 へー、と呟く。

「このゲームの何がすごいってドイツ年間ゲーム大賞、ドイツゲーム大賞、アラカルト・カードゲーム賞にでグランプリを受賞してるんだよね。かなり戦略性もあって面白くてさ。他にもそうだな……あそこにあるカルカソンヌとかガイスターとかは二人でも遊べたりするね。有名どころで言えば人狼とかTRPGみたいなものも簡単なセットならあそこに―――って、あっ」

 ポカンとした表情を浮かべている奏音に気づく。

「えっと、ごめんね?」

「あっ、いえ。もしかして、益岡さんってボードゲーム好きですか?」

「ボードゲームというかアナログゲームかな。ははっ。今みたいに休憩とか始業前とか暇な時間はああいうのひっぱり出してきてやっていいからね。そのためにおいてるようなものだし」

 少し取り繕うように早口で言う華央にクスリと笑う。

「さ、さてと。そろそろ店内に行こうか」

「はい。よろしくお願いします」

「おう、任せておけ!」

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