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2月の終わり。それと同時にもう一つ変わったことがあった。
「センブリの……一時閉店?」
「うん、悪いけどそうしようと思って」
バーの時間も終わり通常の閉店業務を終えた後、そこにいたのは上級制服持ちのメンバー、つまりは英章、華央、奏音の三名。そこで話があると英章が持ちかけてきて、告げられたのがそのことだった。
「えっ?えっ?どういうことですか!?」
その言葉の意味ができずに何度も尋ね返す。どういうことであるのだろうか。そう思い華央のほうをみると、華央は焦った様子を見せず、しかしながら納得していないという表情で英章たちを見ていた。
「察した通り益岡には先に伝えている。そして次に奏音ちゃんにと思って」
「なんで急に」
「いろいろ理由はあるんだけどね……。あっ、安心してほしいんだけど先にも言ったようにこれは一時の閉店だし、喫茶店仲間がいるからその間にほかのアルバイト先を紹介することもできる。実際に華央は研修という名目で知り合いの店に連れていく予定。先に奏音ちゃんに伝えたのは一応うちのバリスタである点を考えて」
「そんなこと聞いてない!なんで急に閉店をしようなんて思ったんですか?また改装でもするつもりですか?」
「先輩。オレも納得してないっすよ。奏音ちゃんや、京ちゃん、茉奈ちゃんだって納得できるはずないっすよ?」
その言葉に苦笑いをしてから毅然とした態度で伝えなおす。
「益岡には伝えたはずだが……。別に言っただろ?もう一度修行をしようと思っただけだ先生のところにしばらくお世話になれたらなと思っている」
「思っているって、まだ未確定のことなんですか?」
「先にうちの閉店だけ伝えておこうと思ってな。最悪先生のところに受け入れてもらえなくても独学でいろいろやろうと思ってる」
「そんな行き当たりばったり……。そもそも今までだってセンブリで仕事しながら色々と勉強をしていたじゃないですか!?なんで急に」
「思うところがあってだよ」
何を言ったとしても無駄なことであろう。のらりくらりと発言を回避している。おそらくどうやったとしても話を聞くことも絶対にないはずだ。
「華央さんは、いいんですか?」
「オレも納得しているわけではないんだよ。奏音ちゃんが言いたいことはオレもずっと言った。だけど、どれだけ説得しても無駄だったよ」
かすかに残るアルコールとコーヒーの匂いが気持ちを落ち着かせようとしている。しかし、その程度で落ち着けないほどに奏音の心はあらんでいた。
「……どれぐらいで戻ってくるつもりなんですか?」
「わからない。早ければひと月、遅ければ……かな」
「言葉を濁さないでください!」
「先輩。そこはオレも同じ意見っす。だからオレからも条件をぶつける。半年。半年がたったら必ずセンブリに戻ってきてください」
「……わかった。約束するよ」
自分の先輩、自分より長い付き合いをしている二人がそれで了承しあっているのであれば奏音に口をはさむ余裕なんてなかった。しかし、本当にそれでいいのか……?いや、いいと思わなければならない。そのはずだ。
それに、こんなことになったのに全く心当たりがないかと言われたらそうではない。先日のココアの一件。あれ以来英章がのめりこんでいたのは知っている。あの時の奏音が告げた数々の言葉が原因ではないかとどうしても思ってしまう。
「奏音ちゃんは、どうする?」
「……私は」
――――ついていきたい。
その言葉を告げることはできなかった。迷惑になることも知っているし、なにより京都にまでついていくことなんてできない。
「私は……あの話受けます。紹介してください。別の喫茶店。私も修行して見せます」
「そうか、わかったよ」
小さく微笑んでからほおーと息を吐く英章。
「奏音ちゃんが納得してくれてよかったよ。茉奈ちゃんも……まぁ、大丈夫かな?一番厄介なのは京かなー」
なんてつぶやいている。その姿にそっと見つめてしまうが。
――――納得なんて、しているわけないじゃないですか。




