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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
リアリティ・バイツ――――『僕はこれだけで満足だ、タバコとコーヒー、少しの会話。それと、君と僕と5ドル』
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3

 バイトの時間も終えあがる。とはいえ、特別何かをする予定もないので駅前をうろうろとすることにした奏音。特に何かをするわけでもなくウィンドウショッピングとなる。思えば自分には物欲というものがあまりないようでこれがほしいというものがあまりない。こうなってくると自分専用のエスプレッソマシンでも買おうかと検討するが、自宅では英章から譲り受けたものが現役で働いている。確かに型としてはどこか古いものがあるが、器具だけ一流であっても仕方があるまい。

「あっ……いいかも、これ」

 ふと、店先に置かれているワゴンの前で呟く。手に取ったものは桜色のシュシュ。奏音自身、そこまで髪は長くないがバリスタの仕事をする際に髪が邪魔になることもあることから、髪を結ぶシュシュを手に入れておいてもいいかもしれない。

 と、そんないいわけを頭の中に描きながら実際のところは一目惚れであり衝動的に購入しようとしている。だが、あまりにも衝動買いをしすぎてはいけないことは理解しているので少し待っている。その少し待つという行為がさらなる悩みを持つ。

「あー、こっちもいいなぁ」

 隣り合ってある茶色のシュシュ。ワンポイントのストライプもかわいらしく、センブリで働くということを意識するのであればこちらもいいかもしれない。いや、センブリという言葉を意識するのであれは若草色のものもよいか。

「どれ、買おっかな……」

 こうなると悩みの内容はシフトする。最初は買うか買わないかで悩んでいたはずが、今は買うことを前提としてどれを買うかというものになっている。これが悩みすぎることの恐ろしい罠である。

 優柔不断はよくないということは知っているが、ただ浪費となっても仕方がない。

「……1、4なら桜色、2、5なら茶色、3、6なら若草色」

 スマートフォンを取り出してサイコロアプリを展開。迷ったときの運だのみ。大学の先生が言っていた迷っているのであれば運に返ることができるもので選べばよいというものを実行しようということだ。

 迷うと言うことはどちらも同じぐらい価値があると言うこと。それならばいくら悩んでも答えなんて出ないということ。それに出た目に絶対逆らってはいけないということではない。その出た目に逆らうほどに、別物がいいということなんだからそちらにしてしまえばいい。

「4、か」

「じゃあ、桜のシュシュだね」

「はいって、えっ?」

「こんにちは、奏音ちゃん」

「こ、こんにちは英章さん」

 突然現れた荷物を抱えた英章。思わず目を剥いて驚愕してしまう。

「それで、これ、買うの?」

「はい、そうしようと……」

「じゃっ、たまには僕からのプレゼントってことで」

「えっ!?そんな悪いですよ」

「バリスタ試験合格の、前祝いだと思ってよ。本格的な祝いはまたやりたいと思ってるけど」

「じゃ、じゃあありがたく頂戴します」

 これ以上粘るつもりもなくさっさと店内に入って会計を済ませる英章。にしても、いつから後ろにいたのであろうか。4が桜色ということを知っていると言うことは少なくともサイコロを投げる前には板と言うことになる。

「おまたせ、はい」

「ありがとうございます」

 数分すると英章は店名が印刷された小さな茶封を手に店から出てくる。

「……それで、いつの間に?」

「奏音ちゃんが『どれ、買おっかな』と呟いたあたりでは後ろにいた」

「声をかけてくださいよぉ」

「かけようと思ったんだけどあまりに真剣そうだったからさ」

 なんともなく答えるのでこれ以上攻めることもできない。このひょうひょうとした態度はどこかに余裕があるからか。

「後、今日用事があったんじゃ?」

「あー……そうだな。その用事のことでちょっと買い物もしてたんだ。その帰り道」

「ここまでってことは、駅で買い物を?」

「この近くはこの近くでいろいろと売ってるからね……。奏音ちゃん、この後、用事ある?」

「いえ、ないですけど」

「だったら……ちょっとつきあってもらえないかな?僕の家来てくれない?」

「えっ、えっと……。えっ?ま、まぁ、大丈夫ですけど」

 わかりやすくきょどる。突然の連続で心臓の早鐘がうるさい。このままオーバーヒートして胸が焼きただれてしまわないか心配になる。

「今日休みを取ったことにも関係しててね。奏音ちゃんにもつきあってほしいんだよ」

「わかりました」

 真剣な顔でつきあってと言われればそれだけで勘違いを起こしそうになってしまう。勘違いなのだが。

「よし、じゃあここで待ってて。車回してくるから」

「はい」

 つい先ほど茉奈たちのことを心の中ではやしたてていた自分を戒める。

 茉奈さん、やっぱりあなたの気持ちはわかります。

 その共感は彼女に届くのであろうか。



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