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そんなに忙しくない。京は確かにそういっていたのだが……。
「あ、あれー?なんで今日に限ってこんなに人がおおかったんだろ?」
バックヤードで大きく息をついてから京は吐き出した。それから同じく椅子に座り疲労を抜いている奏音に話しかける。
「えっと……忙しくなって、結果的に嘘ついちゃう形になってごめんなさい」
「う、ううん。気にしてないよ」
「ありがとうございます。う~ん……にしても、なんでこんなに人多かったんだろ?」
「いつもはもっと少ないの?」
「うん。忙しいときは忙しいけど……ここまでじゃない」
首をかしげて考える京。そうしていると店側の扉が開き、中から華央が表れる。
「お疲れ、二人とも」
「お疲れ様です」
「お疲れ、様です」
「ははっ、二谷さんはいきなりできつかったよな。まさかこうなるとは思わなかった」
そういて肩をすくめる華央。
店内の謎の人気により、忙しくしていたが奏音が疑問に思ったことはすぐに答えてくれた。
「あれ?今店内誰入るんですか?」
「先輩だけ。だれか来たら分かるから今はゆっくりしててもいいってさ」
華央が言う先輩というのは英章のことだ。最初はわからなかったが、華央達のやりとりでそう察せられた。
「というかあたしそろそろ上がりなんですけど」
「あれ?そうだっけ?これは……はあ。先輩忘れてそうだなぁ」
「兄さんに何か用事あるの?」
「いや、ちょっと。本人から聞いてもらった方がいいかな。というか用事あるの二谷さんの方だし。」
「私?」
「そう」
華央は扉から出て2、3のやりとりが聞ける。その後すぐに英章がやってきた。華央は戻っていないので華央がホールに行ったのだろう。
「あー、ごめんね。時間確認忘れてた。とりあえず二谷さんお疲れ様でした。一応今日はこれで上がってもらって結構です」
「はい。わかりました」
「うん。それでどうだった?」
「少し、慣れないこともあって疲れましたけど、なんとかがんばれそうです」
「そっか。それはよかったよ。それじゃあ、一応記録づけの為に、これに働いた時間と名前を書いてください」
「わかりました」
渡された紙とボールペンに言われた通り書く。
「普段はこちらでPCで管理しているんだけど、今日はまだできていないから特別にね」
「はい……。書き終わりました」
「ありがと。うん。それじゃあ、シフトとかはまたメールで決めよう。じゃあ、お疲れ様。京、二谷さん送ってあげて」
「はいはーい。わかってるって」
英章の言葉に京が答える。京に手招きされる形で更衣室へと向かう。
「とりあえずお疲れ様でした」
「うん、お疲れ様です」
「とりあえず制服は……そのロッカーにでも入れといてくれたらいいです。ネームプレートも同じ場所で」
「うん。ありがとう」
そう返して制服から私服へと着替えを始める。
「そういや、よくこんなところ見つけましたね?」
「えっ?」
「ほらっ。ここってお世辞にも立地がいいところじゃないでしょ?確かにイベント会場とかあるけど、それでもわざわざここまで流れ込んでくる人って稀ですから」
「あー、そうだね。初めてここまで来たのは探索がてらだったんだ。水城大ってしってる?」
「あっ!知ってます。時々みる長蛇の列が印象的ですし」
「バス待ちだね。あれは私も疲れてるよ」
「そうなんだ……」
「そういや、天童さんは―――」
「京でいいですよ。兄さんもいるんで」
「そう。それで京ちゃんって今?」
「高校1年です。だから大学とか全然わかんないですけど」
「そりゃそうだよ。よっぽどの進学校なら別だろうけども」
「ですよね」
「もっと言うなら、前通ってた塾の先生の受け売りなんだけど、文系とか理系とかも高校生はおろか、大学生でもわかることが稀だって。実際の興味に気づくのももっとあとからじゃないかって」
「じゃあ、結構無茶なこと強いられてるんですね」
クスクスと京が笑う。
「そうだよね。ちなみに京ちゃんはどっちがいいとか決めてるの?」
「まだです。普通科なんでどちらにも行けます。まあ、二年生に入るときには決めなきゃダメですが」
「そっかー」
着替えが終わり大きく伸びをする奏音。疲労が上げた手のひらから空中に逃げるようだった。
「まあ、喫茶店を個人的に開くことは絶対にないと思いますけどね」
「そうなの?」
「ひどいんですよ。コーヒーの研究だーって、下積み時代のお兄ちゃん、作ったコーヒーを片っ端からあたしに飲ませてきて……。カフェイン中毒になりかけましたよ」
その研究熱心な様子に英章をほめるべきか、京の大変さにお疲れと声をかけるべきか。どちらもあったが一つ気になるワードが出てきた。
「お兄ちゃん?」
先ほどまで京は一貫して兄さんと呼んでいたのに、急にお兄ちゃんよびへと変わったことに違和感を抱いた。
「あっ……」
その事実に遅れて気づいたのかバッグを持ったまま固まる京。
どうしよう。またやっちゃった……。
京は胸の中で小さく呟き羞恥に染まりそうな頭をなんとか戻す。
「はい?なんですか?」
「いや、さっきお兄ちゃんって」
「聞き間違いじゃないですか?」
早口で、右手で左の肘をさするようにしながら告げる京。それにクスリと奏音は笑う。
人は嘘を吐くとき自然と体の一部を触ったり、動かしたりする。その為正座で嘘はつきにくいなどと言った特徴があることは、テレビや本の情報などで奏音も知っていた。
「ううん。なんでもない。そっか。大変だね。それでも“兄さん”の喫茶店のお手伝いしてるんだ」
「まあ、楽ですし。兄ですし……仕方なくですけどね」
言葉を探すように視線をさまよわせながらまたしても肘を触る京。
誤魔化せたとは京も考えてはいないが詳しく突っ込まれなくてよかったと安堵する。これがあの人だったら大変だし、と。
鞄を肩にかけて京は奏音と共に裏口から店を出た。