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「うぅ~。疲れた~」
「お疲れ様です……。と言いたいところですが、私もかなり疲れました」
茉奈と京がぐったりとした様子で机に向かい合っている。お疲れ様でしたという言葉が出ていたがこれは交代で取っている休憩の内の一つであり、ピークこそすぎたもののまだ客は入ってきている。それは毎年の事ではあるが、今年はバーの方も働かなければならないのでまだまだ油断ならないところだろう。
「そういや、私達がここにいるってことは、今ホールは?」
「奏音ちゃんじゃないかな?あたしたち華央さんに言われるがまますぐ休憩はいっちゃったからね」
周りを確認する余裕さえなかった。とにかく一度腰を落ち着けたかったのだ。
「にしてもさ……、奏音ちゃん変わったよね」
「あー、確かに。バリスタになるように軽く私も勧めてはみましたけど……、信じられます?まだ奏音さんがうちに働くようになって一年たってないんですよ」
「そもそもアタシたちはバリスタになろうとしていないというのもあるんだけどね。というか、奏音ちゃん最初の頃よりイキイキしてるし」
「バリスタのおかげか、それとも……」
京が指した視線の先を茉奈が追いかける。それはボードゲーム、ラブレターだ。そのことが表わしていることを察しのいい彼女が分からないはずがない。
「なんだ。京ちゃんも気づいてたんだ」
「露骨……ではないですけど、気づきますよ」
「まぁね。恋をすると女の子は可愛くなるっていうし。最高の化粧水だよ」
「化粧水、ですかぁ」
普段からあまり化粧っ気のない京だが、だからこそというべきかそういうものを使った時の強さを知っている。そのたとえは確かだ。
「それで、京ちゃんはそんな奏音ちゃんの化粧水に気付いてどうなのかな?」
「どうっ、て?」
「いやぁ、純な化粧水を塗っている奏音ちゃんの頬に、嫉妬というファンデーションを塗ろうとするのかなって」
「なっ……!そんなんじゃないですって!!」
「にひひ」
茉奈の意地わるげな笑い方に頬を膨らませて、別の意味で疲れが現れ机の上に脱力する。
「そういう、茉奈さんはどうなんですか?化粧水、使ってるくせに」
「……ぶっこむねぇ」
「ぶっこんできたのはどっちですか」
「私は、そうだな。確かに化粧水も使ってるけど、それだけで終わらせるつもりはないよ。近いうちにマニキュアに変えたらなって」
「マニキュア?」
「そう。小指に塗る、赤いマニキュア」
「あぁ、そういうことですか」
小指、赤の2つで意味を理解する。赤い小指の糸か……。
「って、すごい先のところまでみてますね」
少し顔を赤らめてみせる、その純な姿を見て、またにししと笑う茉奈。
「年を取ると結婚も視野にいれなきゃらないんだよ」
「茉奈さん20でしょうが!」
怒涛のツッコミを受けても何知らぬ顔で受け止める茉奈。時間を確認するとそろそろ休憩を開ける時間だった。
「さてと、そろそろいこっか」
「もう……。茉奈さんには敵わないなぁ」
「アタシを倒したければ、アタシと華央さんの歳の和が京ちゃんと奏音ちゃんの歳の和の丁度二倍になる日まで待つことね
「とっても、数学……、というかそれって、あり得ます?」
「ええっと……、うん。ないね」
簡単な暗算をしたうえで自らの嘘を認める。というより適当な言葉だったのでわざわざ考えたうえでの計算などではない。
「まぁ、案外間違いでもないかもしれませんね」
小さく呟いた再びホールに戻る。その姿を見た奏音が再びキッチンの方に戻る。その時すれ違いざまにコーヒー独特の甘い匂いが鼻孔を撫でた。
「奏音さんなら……、化粧水じゃなくて、コーヒーで例えそうですね」
「京ちゃん何か言った?」
「いえ。ラストスパート頑張ろうと思っただけです」
「そう?」
特別、これ以上の言葉を待っていたわけではなかったので適当な言葉でごまかした京の胸中は、複雑の色合いをしたエスプレッソコーヒーの様だった。




