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「じゃあ、次は皆が成人した時にでも来てよ。その時は奏音ちゃんの腕も上がってると思うよ」
「か、華央さん」
一時間ほど長居をしたちっひーらを華央と奏音が見送る。その頃には店も落ち着いており、常連とまではいかなくとも、それなりに気心知れたお客さんが殆どで急ぐことも無い。だからか、華央が茶化したように告げるので睨むように奏音が見上げる。
「そうですねー、楽しみだなぁ」
「ちっひーも乗らないの。ミキちゃんも想像たくましくしない」
1人熱い視線を向け続けるミキちゃんを元に戻すべく声をかけておく。センブリに来るときに限ってはミキちゃんも役に立たないので徹底してツッコミ役に回らざる得ない。そういう意味で言えば常にマイペースではあるものの、それゆえにふざけこそするがユウくんが頼りになる。
と、言い切りたかったのに。
「ユウくんも!もう帰るんじゃないの?」
「あー、うん。帰るよ、帰る」
それは明らかに生返事で心が伴っていない。ユウくんの視線の先は茉奈。ただし、怒りきれないのが茉奈に惚れてこうなっているわけではなく、大学生活について、茉奈が専門としている福祉関係について真剣に話を聞いているからだ。そんなことなら口説き落とそうとしてくれた方が何倍もマシだ。とはいえ、そうだとしても茉奈の意中の相手が華央である以上、それが成就する可能性は0に等しいので奏音としてもそれを願うのは友人として忍びないわけだが。
その後、多少の押し問答もあったがなんとか彼女らなんとか帰して休憩時間をもらい控室で伸びをする。
「お疲れさん」
「お疲れ様です。華央さんも?」
「今の内に休憩にはいとけって。11時ごろからまた忙しくなるし」
飲み会やらなにやらが終わる11頃に、雰囲気などを求めてセンブリにやってくる人は多くいてそのころにまた忙しくなる。それまでの束の間の休憩というわけだろう。
「にしても、華央さん、最後余計です」
「あはっ、ゴメンゴメン」
明るく笑い声をあげる華央に対してこれ以上怒ることもできずに頬を小さく膨らませるにとどめる奏音。だが、華央はそんな奏音に小さく微笑みかえて話しを切り返す。
「そして、オレがこの時間に休憩に入ったのはもう一つの理由もある」
「もう一つ?」
「先輩からの言葉。奏音ちゃんのつくったカクテルは好評だった。ただし、やはり粗い部分もある」
「私も、自覚しています。それは」
思い返すと雑味が混ざるような淹れ方をしていた記憶があるし、どうしても緊張が勝っていたのは否めない。やはり自分には早かったかという気持ちがあった。
「ただし」
「え……?」
「ただし、その分時折出ていた、コーヒー系統は今までで一番よかった。たぶん、カクテルの緊張と引き換えにコーヒーに関してはかなりリラックスしてできていたんじゃないかな?だってさ」
「あっ……」
心当たりがないわけでない。カクテルの時緊張し分、通常のコーヒーの注文が入った時はリラックスしていれることができていた。その為か、細かいところまで気を配ることもできており、味のばらつきも少なくなっていたような気がする。あれを維持することができれば、華央らに勝てるというのは自意識過剰だとしても、納得のいくものを作ることができるかもしれない。
「それで、以前からオレたち―――京ちゃんも少し話を聞いてはいたみたいだけども―――で相談していたんだけど……、研修代ということでうちでお金出すからいってみないかい?」
そう渡したものを声を出して読み上げる。
「日本、バリスタ協会……?」
「そう。ここで受講をすればバリスタ研修を受けて試験を受けることもできる。もちろん、本物のバリスタ研修会だから甘くはないけども、奏音ちゃんをこのまま腐らせるのはオレ達バリスタの使命として許せないんだ。どうだい?」
「……バリ、スタ」
言われてみれば少し前、京がそんな話をしていたことを思い出す。その時は流してしまったがそれも、自分の意思を確認するためだったのかもしれない。
「もちろん、これはオレたちの希望であって、そこには奏音ちゃんの意志が含まれていない。それをOKとはしないよ。だけど、少しでも興味があれば」
「考えて、おきます」
「前向きに、ね?」
ウィンクをして奏音に意志を任せ華央は背筋を伸ばした。
注:日本バリスタ協会は存在します。詳しくはこちらをご参照ください
『http://www.jba-barista.org/index.html』
ただし、作品に登場するバリスタとしての設定などは作中設定であり厳密には異なる可能性があるのをご了承ください。




