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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
ナポレオン・ボナパルト―――『強いコーヒーをたっぷり飲めば目がさめる。コーヒーは暖かさと不思議な力と、心地よき苦痛を与えてくれる。余は無感よりも、苦痛を好みたい』
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 ちっひーらとの約束をそのままにすぐ実行に移すには曜日と、そして全員の都合というものがあり、本日の月曜日ではなく金曜日にしようという結果になった。今日、月曜日もバー事態は行っている。だが、そもそもが月曜日はバイトシフトをいれていなかったという事実もあり見送りとなった。今週のシフト表は水曜日、金曜日、土曜日となっている。やはりリニューアルオープンとなってからはバーのある日にシフトが集中していた。

「ただいまっと」

 鞄を放り投げてベッドへ身を沈める。肉体的疲労は少ない。大学の授業に体育というものを取っておらず、一応取らなければいけない体育科目も講義形式のもので終わらせてしまった。しかし、秋学期へと移ろってからは出来うる限り授業を多くとったため精神的な疲労というものが体を覆っていた。とはいえ、このまま眠るのも惜しくベッドをゴロゴロと寝転がりながら移動をして雑誌を取り出す。

「なんだかんだで押し切られちゃうんだろうなぁ」

 その雑誌はファッションが乗ってるわけでもなく、マンガが乗ってるわけでもない。そこに記載されているのはカクテルの名前だ。確かに、奏音はカクテルを作成していない。とはいえ提供などにかかわり、できうる限りの知識は仕入れ作る練習程度はさせてもらっている。

 元を言えばただ、何となく始めたアルバイトだ。と、奏音は心の中でうそぶく。

「どうなんだろうなぁ、実際は」

 見ているカクテルの名前はラスト・キッス。ラム酒ベースのカクテルだ。そこで雑誌を広げたままぼんやりと呟く。茉奈にのせられて恋心を理解させられてしまった。まともに顔を見ることができない、なんて子供じみたことは無い。そんなことをするぐらいなら彼の顔をしっかりと観察して、一挙一動を模倣し、バリスタの技術盗むべきだ。商売客相手にすれば、働いている者は一様にプロだ。そこにバイトも何も関係がなく全く同じ味、というものは不可能にしても美味しさのレベルはそろえるべきだ。現行、奏音の作成するカクテルはまだ英章、華央のレベルに達していない。コーヒーに限って言えば、最低ラインまで到達したというべきだろうか。

 雑誌を置いてキッチンの方に向かう。フルオートタイプのエスプレッソマシンをつけて用意を開始する。思えば奏音の人生が大きく狂ったのはこのマシンが家に来てからであろう。

「奏音?お母さんの分も淹れてー」

「……はいはい、わかった」

 グラスをもう一つ用意してリビングで録画をしている映画を見ている母にため息を吐きつつ返す。

「何飲むの?」

「んー、カフェラテ頂戴。ついでになんかいてー」

「お母さんラテアート書かせるの好きだよね」

「だって、結構かわいいの多くてお母さん好きだし」

 そうストレートに言われれば困ったものであきらめてラテアートを描いていく。こったものを描くと面倒なのでリーフ型だ。ささっと作成して母に渡す。

「はい、お待たせ」

「ありがと、うん。美味しい」

 テレビでは犯人を追いつめている最中だった。猛烈なカーレースを行っている。

「そういや、バーの方はどうなの?」

「うん、そこそこ繁盛してるよ」

「そっかそっか。じゃあ、奏音の誕生日の時には奏音にカクテルを作ってもらおっかな」

「私の誕生日に私が!?」

「あっ、もー、聞き逃したじゃない」

「私のせいじゃないよねぇ」

 マイペースな母にため息を吐きつつ、でもその時までにカクテルを作れるようになっておきたいと胸に書き留めた。

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