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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
バルザック―――「コーヒーは、知的能力の活動時間をしばしば延長させてくれる」
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 ガイスターとはいいお化けと悪いお化けの戦い。プレイヤーは相手のいいお化けを全てとるか、悪いお化けを全て取らせるかが勝利条件となる。駒の動きでどちらが悪いのかを見極める必要があるのだが……その点で考えるなら茉奈は戦いやすい相手であった。

「……なんで」

 悪いお化けを手に取ったまま固まる茉奈。5戦4勝1敗。奏音の記録の前に完全に打ち負かされていた。

「最初勝てたからこれはいけるって思ったんだけどなぁ」

「動きがよみやすかったですから」

 対して奏音は2体のいいお化けともう2体の悪いお化けを持ちながら笑う。茉奈の思考を最初の一戦でよみきってからは完全に手ごまに取っていた。

「はぁ、もういい時間だね。このまま勝ち逃げされるのは悔しいけども……」

「勝ち逃げって……」

「そろそろねよっか」

 奏音のツッコミを無視しながらガイスターを片づける。ただでさえ茉奈の家に着くころには二時近くとなっていたのだから、それからとなるともう三時へとなろうとしていた。華央の忠告は馬耳東風という結果になってしまった。といっても、ここにいない京ならまだしも二次性徴も終えている二人なら成長という面では問題がないだろう。そもそも二次性徴の結果に対しては報われる報われないというものがあるのだが。それがパジャマ姿の今では特にわかる。

「でも、奏音ちゃんもいつの間にか出世したよね」

「えっ?って、コーヒーのことですか?」

「そうそう。私なんて立ち上げ間もなくから働いてるのにいまだにコーヒーなんか作ってないもん」

「それは、好みというか……、でも茉奈さんもすごいですよ。カフェ&バーと名前を変えるにあたって、レイアウトとか少しかかわったんですよね?」

「関わったって言ったら聞こえがいいけども実際はちょっと口出ししただけだけどね~」

 何ともないような感じで告げる。

 茉奈は自身の福祉的知識をもとにバリアフリーをできるだけ進めるべくカフェ&バー、センブリの改修に手伝っていた。ほんのちょっとだけで、リフォームというより、模様替え程度のものだったがそれでも今まで以上に歩きやすく、やりやすい構造になったのは確かだった。

「まぁまぁ、アタシの事は置いといて」

 ぽんと何かを置くようにして話を切り替える。というより自分に注目をうけたくないという意志表示だろう。

「奏音ちゃん、真面目な話」

「はい?」

「将来、何になりたいか決めているの?」

「……正直、まだ決めてないです。心理学進んだのも、なんとなくですし……臨床心理士やら、カウンセラーやら、需要はこれから増えるとは思いますがそれで食べていけると聞かれたら微妙なところです」

「やっぱ、そうなっちゃうよね。アタシの大学も心理学部はないけど学科はあるからさ、そこの友達に話聞くけどやっぱり難しそうっていうのは聞いたし」

「だからといって、バリスタというのも……どうかわかりませんし」

「だよね。実際英章さん、華央さんはバリスタとして一線に立ってるだけですごいと思うし」

「はい」

 ゆっくりと頭を縦に振る。自分自身、コーヒーを淹れることが増えてきたからこそ分かるその繊細さ、仕事への真摯な態度―――奏音はどれにおいても彼らの完全な劣化だ。英章と華央はそれぞれ違う面を見せているので劣化ということで絶対にないのに対して、奏音は劣化としかいいようがないのだ。

「ここだけの話、ね」

「はい?」

「奏音ちゃんと付き合って華央さんがお菓子作りをしてる場面を見て、少しうらやましく思ってた」

「……えっ?」

 目を点にして茉奈を見つめる。その後急速に、まるでコーヒーを飲んだ後の爽快感と後に残る苦味のように頭が聡明になる。

「茉奈さん」

 気が付かなかったわけではなかった。どこかそう感じるところがあった。

「やっぱり、華央さんのこと」

「うん、いつの間にか好きになってた」

 はっきりと断言する茉奈。同性ながら、その断言にドキリとさせられる。

「だけど、一歩ずっと踏み出せなかった。そんな中現れたのが奏音ちゃん。新しいことに挑戦をしてそしてコーヒーづくりとかをして、かっこいいと思った」

「私なんか、別に」

「そのことはありがたく思うよ。これだけ、どうしても伝えたかったんだ。そして私の中でのけじめも」

「けじめって……まさか!」

 嫌な予感が頭を駆け巡り私は深夜であるのに声を荒げてしまう。

「私、やめよっかな。たぶん、華央さんは奏音ちゃんの事が―――」

「そんなこと、そんなことないです!人の気持ちとか、私はわからないけど。でも、華央さんはまだ一生懸命にバリスタを目指しているから、私に対してそういう想いを抱いてる暇もないと思う。それに、私は……」

「私は?」

「華央さんじゃなくて……英章さんの方が、好き、だから」

 茉奈に辞めてほしくない、その一心で口から思わずこぼれた言葉。そこでようやく自分が彼の事を好いているという事実に気が付く。惹かれていたのは確かだったけどそれが好きというものかは分かっていなかった。

「……ふふっ」

「茉奈さん?」

 顔を伏せて肩を震わせる茉奈。

「まさか」

 本日二度目の『まさか』という言葉。だが、それは焦りというよりやられたという気持ちの方が強い。

「あーあ、もう見ててやきもきしてたんだよ。やっと、自分の気持ちに気付いたんだ」

「もー!!茉奈さん!騙しましたね!!」

 糾弾する。茉奈の楽しげな笑いが響く。奏音は恥ずかしさのあまりに布団をかぶって話を切る。

「奏音ちゃん」

「…………なんですか?」

「男に惹かれて将来を決める、といったら馬鹿らしく思うかもしれないけど、それもありだと思うんだ。彼がきっかけだったとしても本気で目指したいという気持ちがあるならアタシは全力で応援するよ」

「私こそ、応援しますよ。アレは、嘘じゃないんでしょ?」

「ふふっ、ありがとう」

 アレというのが華央の事をさしているのは流石にわかる。

「おやすみ、奏音ちゃん」

「おやすみなさい、茉奈さん」

 電気を消して床につく、一瞬の静寂の後お互いに小さく笑い声をあげながら今日の事は二人の秘密にすることを決めた。

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