3
深夜1時を過ぎたころ、最後の客を送りだし店は閉店となった。
「う~ん、お疲れ~」
大きく伸びをしながら茉奈が声をかけてくる。奏音は洗い終わったガラスを拭きながら返す。
「はい、お疲れ様でした。ここまで遅くってのは初めてですね」
「そりゃそうだよ~。今まではバーの部分はやってなかったんだから」
「大変でしたけど、その分やりがいもありますし私は楽しいですけど」
「それにお給金も高いしね~」
「あはは……、まあそうですけど」
そこまで直球にお金だ!とは言えないので困ったように笑う。
そもそもお金もほとんど貯金に回されているのが現状だ。使っているのは、たまにセンブリから買うコーヒー豆程度。むしろ毎月どの程度買うかがルーチン化しているので、それを含めて給料のような気もする。
奏音はグラスを置いて下からリキュールを取り出す。残りから計算をしていつ補充すべきかを頭の中で計算しメモに書く。
「初めてだから、まだまだ調整だんかいだね」
同じように材料の残りを確認していた茉奈が呟く。それは独り言の様で奏音にも話しかけているような声だった。もし、その呟きに返さなくても特に問題ないだろうが黙って仕事をする問うのも面白くない。
「そうですね……。しかも、今日は開店日ですから、ここ数日はあまりアテにならなそうですね」
「1日2日程度なら今日のを当てにしても大丈夫だろうけど、数年後の基準には当てはまらないしね」
「はやく平均ていうの分からないとやりづらいでしょうね」
「確かに」
クスクスと肩を上げて笑いながらすべてのチェックを終える。
「英章―――」
「マスターさん。できましたよー」
奏音が呼びかけようと声をあげたときに声をかぶせて邪魔をする茉奈。その声にはからかいの雰囲気も含まれている。
「マスターはやめてよ」
苦笑いをしながら注意をする英章。既にバリスタとしての制服は脱いでおり動きやすい恰好で明日のカフェへの用意をし、終えていた。
「え~、でもマスターはマスターじゃないですか」
「いや、そうだけどさ、今ままで通りでお願いするよ」
「ふふっ」
あいも変わらずな二人のやりとり笑い声をあげる。茉奈もからかうつもりでしか言ってないのですぐに引き下がり今日分の材料等を渡す。
「そっかそっか……。まあ、最初ということもあるんだろうけど、結構いい出だしだよ」
「そうっすね~。先輩、今日分の売上です」
「サンキュ」
後ろからってきた華央もまたメモ帳を渡す。華央はどこか疲れた雰囲気もしているがそれ以上にやりきったという表情も見える。
変わらずという点でいうならば英章は料理を殆ど扱っておらず、料理系統はほとんど彼が回していたのでカフェの時よりも疲れが出るのだろう。
「華央さんもサマになってましたよ~、きょ・う・は」
「なにそれ、いつもサマになってないってことー?」
「いつもは英章さんの腰ぎんちゃく的イメージかな」
「あっ、なんとなくわかるかも」
「……客観的に見たら確かにそう見えるな」
「ちょっ、三人とも!?」
矢継ぎ早に言われる言葉にあわてる。そんなに自分がそう見えるのかと少し自信も喪失してしまう。
「まあ、でも今日はかっこよかったですよ」
と、一応なのかフォローをいれる茉奈だがその言葉は届いているのか届いていないのか乾いた笑うを浮かべるだけだった。
「ともかく、全員集まったわけだし、用意も終わったから軽く話し合わせて今日は終了するね。一日目お疲れ様でした。基準になるかは分からないけどラスまで残ると大体今日ぐらいまで時間がかかると思う。バーの営業は月曜日、水曜日、金曜日、土曜日。祝日は休みとする、ということでやっていくけど人気度合なんかで前後すると思うからその時はよろしく」
「「「はい」」」
英章に大きく返事をする。その後こまごまとした注意を元に初勤務は終了となった。
今から変えるとなるとだいぶ遅い時間となるだろうが……今日はどれぐらいになるかわからなかったのである取り決まりを茉奈としていた。
「よっし、じゃあ京ちゃんかえっろか」
「はい。よろしくお願いします」
手元のバックはただのバイト一式だけでなくパジャマなども入ったお泊りセットだ。
「あれ?今日は茉奈ちゃんちに?」
華央がその様子に気づき声をかける。
「そうです」
「ふっふ~ん、奏音ちゃんは預かった。返してほしければ二人で遊べるボドゲを貸しなさい」
「きゃぁ」
後ろかえり抱きつかれて思わず声をかける。華央は軽く笑い声をあげながら手短にあったガイスターを取って渡す。
「あまり夜更かししすぎないようにね?」
「はいはい、わかってますよ~」
「あはは、ごめんんさいありがとうございます」
華央の心配をよそに手を振って帰る茉奈にあわてて頭を下げて別れを告げ奏音もついていくのだった。




