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時刻が午後18時30分を回ろうとしている頃、今までよりもだいぶ早い閉店時間を迎える。しかしそれは一時的なものだ。
この時間から京と交代で茉奈を迎え少しレイアウトを変える。といってもクロスをシックな色に変えたりシュガーポットを撤去したりメニューを入れ替えたりといった微妙な変化だ。
そして時刻が7時になろうとしたときにはすべての行程を終えるl。
「よし。じゃあ、夜の部始めていこう」
英章がグルリと店内を見渡した後そう呟き店先の看板を『CLOSE』から『OPEN』にする。そこで英章が見上げた先には『センブリ』という名前の前についた『カフェ&バー』という名前。この点は大幅な衣替えだ。
「いよいよですね、英章さん」
「そうだね……奏音ちゃん。ここからはバーテンダーとして頑張らないといけないな」
肩をすくめるようにして言う英章にクスクスと笑い声をあげる。そういえばいつかあった指摘。もしかすれば本当に英章はバールマンを目指しているのかもしれない。
英章がそのまま調理場へと向かうのを見送って奏音は気を引き締める。バーとなってからの奏音の仕事は主に接客となる。もちろん、コーヒー単体としても提供はしているのでその時は仕事もあるがカクテル作成には携わっていなかった。
「いらっしゃいませ」
昼時代より声を抑えて客を迎いいれる。仕事終わりのサラリーマンで喫茶店センブリ時代からの常連客だ。
「おっと、俺が一番目か」
「はい、本日最初で、カフェバーとしても一番目のお客様です」
「そっか。と、そういや二谷ちゃんも服装変わったんだね」
「はい。といってもアルコールは私は扱いませんが」
「それは残念だ……。どうせならかわいい子にいれてほしかったよ」
「あはは」
少しだけ困ったように笑いながら彼のかるぐちを流してカウンターに案内する。すぐにメニュ―を手に取った彼の隣でしばしばつと「カフェ・アレキサンダー・フラッペを頼むよ」というオーダーに返事をする。
「俺の楽しみだからね。ここのコーヒーは」
「ありがとうございます。少々お待ちくださいませ」
奏音は一礼すると後ろに下がり英章にオーダーを伝える。
「了解。すぐつくるよ」
手慣れた様子で作っているようだが少し緊張しているのが何となく、今まで彼を多く見てきた奏音にはわかった。その証拠に彼はいつにまして真剣な表情で一つひとつの行程をゆっくりと着実に仕事を行っている。
センブリとして、コーヒーをメインに置いたお酒も多く配置しているがもちろん、コーヒーを使用していないコーヒーも多くあり、ビールなども用意はしている。
「はい、奏音ちゃん」
英章から受け取ると、頭の中で必死に記憶を思い出しながら、その初めてのお客様に提供する。
「お待たせしました。カフェ・アレキサンダー・フラッペです。ブランデーの香りと甘いカカオリキュール、そしてコーヒーとのハーモニーをお楽しみください」
「おぉ、これは楽しみだ」
何か言いたげな様子で奏音を見上げた後礼を述べる。奏音としては必死に覚えたそれぞれのお酒の特徴を言えたほっと胸を一つなでおろしていた。
これ自体は英章が強制したわけではなくもちろん人が込んでいる時にはカットをする方針だ。しかし、奏音は自ら望んでこれを行っている。
「うん、美味しい。流石だな。これはマスターさんが?」
「はい。マスターが。もう1人、副店長もいれることはありますが」
「なるほど。二谷ちゃんはこれからも淹れる予定は?」
「残念ながら現在は見通しは立っておりませんね。しかしながらいつか出せる日が出ればと思います」
これが必死に覚えた理由。森を知るなら森に、海を知るなら海に、コーヒーを知るならコーヒーをと言いたいところだがまだ未成年という立場上アルコール入りの物を飲むことはできない。それを補うために知識を取り入れていこうというのが奏音の考えだ。知識を蓄え実践に持っていければそれに勝ることは無い。
「じゃあ、フードの方は……」
と、つまみをいくつか注文しそれを全てメモしつつ新たに入ってくる客の相手もしてカフェ&バーセンブリのスタートが始まった。