1
12月頭。喫茶店、センブリはほんの少しだけリニューアルオープンをしていた。といってもレイアウトを茉奈指導の元、バリアフリーに徹したデザインにしたりメニューを少しいじったりといっただけだ。それでもなお、センブリには無いメニューがある。ココアだった。
「うーん……慣れないなぁ」
奏音は自分の制服姿を見下ろして呟く。その制服姿は今までの物とは違う。
黒のショートエプロンにスラリとした白いズボンにステッチがついたベルトを巻く。タックインされているインナーは白の比翼となっており茶色いベストを上から羽織っている。
これは男女共用の制服であり、加えるのであるならば上級制服となっている。つまりこの服を着ることで初めてコーヒーを淹れる許可が下りるというスタンスに変更をしたわけだ。
「奏音さん!」
「京ちゃん……こんにちは」
「はい、似合ってますよ」
「あはは……、なんだか複雑な気分でもあるんだけど。でも、頑張らないとね」
グッと手を握って決意表明をする。その様子に同性ではあるが可愛らしさというものを前面に見せられたように思えて京は曖昧に笑う。
まだ自分の制服が気になるのかバックヤードにある鏡の前で自分をクルクルとみている。
「といってもバリスタの資格はもってないんだけどね……」
「講習とかありますし、お金もかかりますからね。もし本格的に目指すんであれば受けてみてもいいと思いますけど」
「今のところはいいかな」
と曖昧に返す。
師匠の師匠こと、京音里によるテストの結果なかなかの成績を彼女は見せていた。
カッピングテストでは3問中2問の正解、エスプレッソ、ドリップコーヒー、ラテアートも全てが高水準の得点を得て『育てればさらによくなる逸材』とも太鼓判を押されていた。むしろなぜバリスタにならないのかと尋ねられるレベルでもあった。
でも……と、奏音は心の中で小さく呟く。
結局ココアが解禁されることのなかったセンブリ。それに小さく胸が痛む。
これは英章の個人的な問題だ。全てのテストが終わった後、京音里に出されたココアを一口飲んだ瞬間、何かを悟ったように英章はココアを出すことを諦めたと後で聞いた。しかしその理由はよくわかる。
飲んだココアは今までに飲んだことのない甘味、なまめかしいともいえる舌触り、柔らかさ等全くもって違う。
「ともかく、がんばろっか」
その味をまだ忘れられない奏音だが、まずはセンブリの事をと集中するために京に声をかける。そういったことを考えていたとはつゆ知らない京は『ともかく』という内容を奏音の変わった服の事だと勘違いし、今一度奏音の服装を下から上まで観察してから「はいっ」と頷いた。
新装、センブリ。新たな開店が始まった。




