00
―――僕はココアが大好きだ。
ココア、と一口に言っても美味しさは様々だ。ミルクの量、ココア事態の甘さや付け合せのホイップクリームまで。
バリスタを目指すきっかけとなったの高校1年生の時たまたま入った喫茶店、リンドウでココアを飲んだ時だ。
その時は新たな高校生活に不安で押しつぶされそうになっていた時だった。というのも少し背伸びをして自分の学力では受からないだろうと言われていた有名な高校だったから。その面々と高校での勉強に追いつけなさそうだった時に、偶然入ったのがこのリンドウだった。
「美味しい……」
軽く復習をしようとペンを持っていたはずなのに完全に止まってしまっていた。カウンター席で呟いた言葉がここのマスターに届いたのかニコリとほほ笑むと僕に対して頭を下げる。
「ココアがお好きなのですね」
「あっ、あぁ……。そうです。子どもっぽいってわかってるんですけど、コーヒーとかも砂糖とかミルクとかいれてる方が好きだったりするんで」
「そんなことはございません。そもそも、私たち日本人はアメリカ西岸部発祥のシアトル系コーヒーという種類を好んでおります。しかし、本場、イタリアのエスプレッソなどは砂糖をたっぷり入れて飲むことが普通。むしろなぜそうしないのかと疑問に感じるほど。コーヒーの飲み方に間違いなんてないんです」
「飲み方に間違いがない……」
いままで丸かバツかの世界で生きてきた英章にとっては受け入れがたい答えだ。でも、すんなり受け入れることができる。
「私はコーヒーは万人に受け入れるべき存在でありたいと思うんです。確かに苦みのきいたコーヒーはそれ相応の美味しさがあります。しかし、甘いコーヒーやココアにも美味しさは存在する。否定してはいけないんですよ」
「そう、なんですか」
何とも言えない感じで返す。高校生にもなってとバカにする人はいても、自分の味覚をこうやって褒めてくれる人はなかなかいなかった。
英章は特にそれ以上は返事をすることも無く黙々とココアを飲み干しながら復習を終えるとお金を払ってリンドウを出た。その後でもマスターの言葉がぐるぐると頭を回る。
そのためなのか英章はいつの間にかリンドウの常連となっていき、そして夏季休校の時などでは短期のアルバイトもしていつのまにか居ついて……将来の夢が決まっていた。それが“バールマン”だった。
「バリスタではなくて、バールマンか」
マスター―――英益は英章の宣言に小さく頷く。
「はい。いつか、超えるために」
「僕を?」
「はい。そのためにもバールマンとなりたいんです」
コーヒーなどを勉強するために専門学校への入学を決めたときは学校の先生たちは大いに反対をしていた。もっと高位な大学があるだろうと。しかし、英章の心は固く、また両親も英章の心からの気持ちをうけて賛成をしてくれたことで専門学校へと進むことが決まったのだ。
「別に勝った負けたは無いと思うんだが……。コーヒーに間違いはないさ」
またしても伝えられた言葉。
「間違いはない、か」
自分で呟いてみる。
その言葉の真意は大人になった今でも本当につかめてはいないと感じる。だから、なのかもしれない。
ココアに対して大きなコンプレックスを抱き店で出していないのは。