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阪急電鉄、河原町駅を降りて清水寺へと続くバスに乗り込む。だが、目的地は清水寺そのものではなく五条坂の少し外れた所にあるひっそりとした店。閉店と書かれている札を確認しつつも奏音ら一行は気にせず店―――リンドウへと入る。
「あら?英ちゃん、華央ちゃん、久しいなぁ。よう、ここまで来てくれはったな」
カランという音に反応して振り返った女性が彼らを認めて頭を下げる。
「奥さん、お久しぶりです。本日はお招きいただきありがとうございます」
「お久しぶりです」
「あら?後ろの……もしかして京ちゃんかい?」
「あっ、はい。京です」
「大きくなったわねー。前に会った時は小学生だったかしら?」
「中学1年の時ですね。あれから3年なんで」
「そうだったかしら。そして後ろにいるのがセンブリの」
「はーい。私がオマケの方の金里茉奈とメインの」
「め、メインって……。あっ、二谷奏音です」
「茉奈ちゃんと奏音ちゃんね。可愛いこらひきつれてええなぁ。と、そういやウチの自己紹介してなかったなぁ。ウチは英益の妻の杏と申します」
京なまりの言葉で柔和にほほ笑む杏。
「それでは、主人の方呼んできますね。あの人もなんだかんだで楽しみにしてましたし。好きなところにかけといてくださいな」
「はい、ありがとうございます」
バックヤードに下がる杏を見送った後英章、華央がホッと息をつく。どこか緊張している様子を見せているのもよくわかる。
そんな二人を気遣うように椅子に座らせながら内装を観察する。
「似ているな……」
「ん?なにが?」
「えっと、内装が、です。センブリに似てるなって」
奏音は自分で言いながら辺りを観察する。椅子の様子などは確かにセンブリと同様テーブル、カウンター席ともに似た配置になっており、シュガーポットからミルクの配置までよく似ていた。英章は少し関心したように返す。
「ミルクやシロップをたくさん使いたい人もいるだろう。そのお客さんにとって最高の状態のコーヒーを召し上がってもらいたい」
「えっ?」
「先生……、京音里さんの言葉を、まぁ、少し変えたものだね。僕はその精神を受け継いでるし、そもそもセンブリはリンドウの跡地に建てたもの。建てたというよりはリフォームを少しした程度だけどね」
「そうだったんですか?」
「そうだよ。オレはリンドウが無くなるって言うんでどうしようか悩んでたんだよ。その時に先輩に声かけられたんだ」
「へー……、そうだったんだ」
思いがけず過去に触れて感心するように呟く。
「おっ、待たせたね」
「先生。こんにちは」
「あぁ、呼び出したりして悪かったね」
「いえ、私もまた先生に会いたかったですし。まさか、ここまで早くなるとは思っていませんでしたが」
頭を振りながら気にしていないことを述べる。
「さてと。じゃあ、今日の行程を伝えよう。まず、どれだけ君たちがコーヒーについて詳しくなったか調べようと思う」
「調べるって、まさか」
華央があからさまに狼狽を示す。その様子に正解と言わんばかりにうなづく英益。
「まずはカッピングで調べて行こうと思う。少し待ってて」
そう言って立ち上がり裏へと引く英益。カッピングの用意をするということだろうか。
「カッピングって、味見だよね?」
茉奈が首をかしげながら尋ねる。長年センブリでバイトをしているのでカッピングの意味ぐらいは知っていたがそれがなぜ華央を苦しめているのかまではつかめていないようだった。
その工程はまずは豆そのままの状態、ドライで香りを嗅ぎ、クラストと呼ばれるコーヒー抽出までの間の濡れた豆の香りを楽しむ。抽出されたものはカッピングスプーンという専用のスプーンで液体を掬いズッと音を立てて勢いよくコーヒーを吸い込み口内で霧状にしてその豆が持つ味の特性を見極める。バリスタにとってすれば必要不可欠の技術だ。
そのことに関しては奏音も知っており英章の訓練もあってできる。
「そう。このカッピングはとても重要だから大会なんかも開かれているほど。3杯1セットのコーヒーが用意されていてうち1杯だけ他の2杯とは異なるコーヒーが用意されているんだ。その仲間外れを探すというもの。大会では正解までの時間ともちろん正解率で勝者が決まるというもの。それで、益岡はこれが苦手なんだ」
「あぁ、なるほど」
茉奈は納得の言ったように頷くと同時に用意を終えたのか後ろから英益と杏がそのカッピングのセットを持ってくる。
そこに用意されているのは合計9セット。
「9?」
その数に思わず眉根を寄せる奏音。9という数字は奇数であり、英章と華央で半分に分けたとしても1つ余る。
だが、眉を寄せたのは奏音だけで他のメンバーは何が起こっているのか理解している様子。
「コーヒーカップにも紙がついてるけど全部A,B,Cで用意されているからこの紙に正解を書いていってほしい。1人3セット。仲間外れを見つけ出してほしい」
「1人3セット……。3人って、私もですかっ!?」
ようやく気が付いたように声を上げる奏音。それにいまさら何をといった様子の面々。
「奏音ちゃんだったかな。君もセンブリでバリスタやってるのだろう?」
「バリスタってほどでは、ないですけど……コーヒーは淹れてます」
「ならね。大丈夫、別にこれに失敗したところでペナルティなんてないしむしろ全問正解だったら驚くよ」
「なら、いいですけど」
と、しぶしぶといった様子でカッピングに参加させられる。
「では、用意、スタート」