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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
北原白秋―――『やはらかに誰が喫みさしし珈琲ぞ紫の吐息ゆるくのぼれる』
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2

 京音里英益。京と英章、そして華央から伝えられた情報をまとめると以下のようなものだった。

 英章と華央が当初勤めていた喫茶店の名前がリンドウであること。

 リンドウのマスターの名が京音里英益。

 その英益に長い間英章と華央がお世話になっていた師匠的な存在であること。

 京はその関係で度々リンドウに足を運んでいたこと。

 英益が故郷である京都に帰るに従い、リンドウも東京から京都へと移転することになったこと。

 それに伴って英章が独り立ち、益岡も彼についていったこと。

 そして……。

「それにしても、ちょっとした社員旅行みたいになっちゃったね」

 ハモシャブを口にしながら英章は苦笑いを浮かべる。京都観光を終えた面々はそのまま料亭に入りハモ鍋を注文していた。11月と、丁度晩秋の時期であり金ハモなどと呼ばれる旬の時期でもあり、また京野菜も食べられるという謳い文句に誘われていた。

「あー、たしかにそうかもっすね。実際はオレと先輩だけでいってもよかったんすけど」

「まぁ、本来ならそうなってたかもしれないが、向こうの言い分がセンブリでコーヒーを出しているバリスタを、ということだったからね。奏音ちゃんを無視するわけにはいかない」

「あ、はは。というか、バリスタではないような」

 注目の的になった奏音は苦笑いを浮かべて自分経歴を振り返る。いまだ彼女自身バイトの身であるということが一番でありバリスタと名乗った覚えはなかった。

「うちではそれと同等の価値があると思っているよ。そして、ついでに京も先生の誘いで着いてくることなって、もうそれならって感じだもんね」

「社員旅行兼任だね。あたしも京都は久しぶりだなー」

 ニシシと笑いながらおまけ要因でもある茉奈が告げる。

「行ったことあるんだ」

「まぁねー。中学の修学旅行で。京ちゃんは始めて?」

「そう、ですね。兄さんは一度移転したリンドウの方に顔を出したことがあるみたいですけど。修学旅行は広島でしたし」

「あっ、私も広島だったよ。原爆ドームみにいった」

「へー、そっか。逆に原爆ドーム言ったことないなぁ。でも、高校の修学旅行では沖縄の方で戦争関係の記念館はいくつ廻ったけど」

「あー、大体そういう所行きますよね、沖縄となると。私は北海道で、北海道空襲について色々教えてもらう時間取りましたね。そういや、京ちゃんは来年だよね?」

「そうですね。私は海外……ヨーロッパです」

「あっ、いいじゃんいいじゃん。じゃあ、イタリアあたりいくの?」

「えっ?えっと……たぶんこのままいけばイタリアになると思いますけど」

「だったら、本場のコーヒー、飲んで来たら?」

「もう、コーヒーはこりごりなきもします」

「…………」

「奏音ちゃん、どうかした?」

「あー、イタリアで本場コーヒーいいなぁって思ってる自分に気が付いて」

「うわー、染まってるねー」

 女三人よれば姦しいとはよくいったもので、次から次へと話題が変わるその内容に英章は苦笑いを浮かべる。もう一人の男である華央も鍋奉行を発揮して真剣な様子でアク取りからなにから真剣な眼差しでやっている。それらの意味が全く分からないわけではないが料理音痴でもある英章は手出しをせずに見守るにとどまった。

「でも……」

 誰にも気づかれず英章は呟く。

 ―――先生は僕たちを見てどう思うだろう。先生の教えは素晴らしかった、だからこそココアを好きになり淹れることができなくなった。

 英章は無邪気に笑う奏音の姿をとらえる。こうしてみると、本当にただの女子大生だ。それでいて中身は転生の才能にあふれてバリスタの天才でもある。

 彼女に抱く想いは、強い嫉妬心だろう。

 先生は彼女の手ほどきを見て心が揺らぐのだろうか。

 英章の心中に強い疑問が巻き起こった。

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