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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
ヨハン・セバスチャン・バッハ―――『千のキスよりすばらしく、マスカットぶどう酒より甘い。コーヒー、コーヒーはやめられない』
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5

「今日は全員ラスまで残るんだね」

 茉奈はテーブルを拭きながら隣の京に話しかける。京は少しだけドキリと胸を弾ませてから落ち着いて用意をしていた言葉を告げる。

「そうですね……。兄さんも仕入れとか品質チェックの周期が回ってたし、華央さんと奏音さんはそれぞれ特訓の予定もあったみたいですから。それに忙しいのも感じてたようだし」

 その予想自体は間違いではなかった。センブリはリピーター率も高くコーヒー通もよく通う店の一つだった。そうなると、10月1日というを大切にする客は少なくない。10月1日とは、コーヒーの日である。実際に1日その日に来るというのは難しいところがあるので1日から初めての土曜日に人気が集中するのは仕方があるまい。

 テーブルを拭き終えると今日の仕事は終了だ。返りのしたくは終え服装も私服へと着替え終わっている。

「英章さーん。じゃあ、あたし帰るね~。お疲れ様でした~」

 手にしていた布巾を消毒殺菌したのち茉奈は呼びかける。その隙だった。茉奈は奥に英章らがいると思い込んでいる。

「じゃあ、京ちゃん―――」

「「「誕生日おめでとう!!」」」

 パーンパーンというクラッカーの音が響く。

「きゃっ!?」

 突然の事に胸を押さえて驚く茉奈。しばらく呆けた顔をした後。

「っふ……、ふふっ!もう!!誕生日当日にもおめでとうとか言ってたから全然警戒してなかった!あー、腹立つなぁ、もう!!」

 笑いと怒りを混ぜ合わせたよくわからない台詞を述べる。

「ははっ、喜んでもらえたらなによりだよ。さぁ、座って」

 英章が茉奈の肩を叩いてテーブルに案内する。そこへたどり着くまでの間奏音は裏に引っ込み小さく息をつく。茉奈には秘密で行われるコーヒー試験。もちろん茉奈だけでなく英章、華央のOKも必要とはなるが基本的に茉奈がおいしいと思うかどうかということに重点を置くとしていた。

「はい、こちらカフェオレです」

 奏音の後ろから華央も姿を現す。これは華央が淹れたと錯覚させるための方法ともいえる。もしこれで味の差を指摘しない程度にうまくなっているかどうかだ。

 バリスタにとって味のブレは最大の問題。なのでそういったことがあればバイトやら関係なく指摘するのがマナーともいえる。客に不味いコーヒーを出させるのは店のこけんに係わる。

「それと、これ。新作のデザート。まあ、評価きかせてよ。題して『クリーム&ココアフィーユ・ベリー』どうぞ」

 こちらもカモフラージュの為、華央が持ってくる。名前の通り、味の関係上ブルーベリーをふんだんに使ったデザートとなった。

「うわっ!美味しそう!!じゃあ、さっそくいただきマース」

 カフェオレを口に含んで湿らせる。そしてサクッとクッキーを破って一口いれる。

「うん……!美味しいよ。なんか名前と言い華央さんっぽくなかったけどこれはこれで私は好きだなぁ。正直アークショコラより好きかもしれない」

 その言葉に小さく苦笑いをこぼす華央。茉奈が一番好きなのはエッセンスアフォガートではあるのだがそれでもアークショコラより好きだと言われるのは複雑な気分もある。

「……ということで、どうですか?英章さん、華央さん」

 2人もそれぞれ一口づつ食べていたので奏音は心臓を抑えながら問いかける。

「うん、僕は満足するレベルになっていると思うよ」

「オレもそうだ。正直ここまでのレベルになるとは思ってなかった」

「えっと、何の話?」

 ついていけていない茉奈が首をかしげる。

「あはは、実はこのカフェオレとクリーム&ココアフィーユ・ベリー……私が作った奴なんです」

 ちょっとした悪戯を告白するように奏音が告げると驚く茉奈。

「カフェオレはともかく、これも!?というか、だからか。妙にあたし好みになってたの!」

「あはは、ちょっとした細工もですね」

 ちょっとした苦笑いの後どうしってこんなことをしたのかなども伝えながら宴が始まった。

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