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コーヒー作成に関しては正直そこまでの緊張がない、というのが奏音の率直の感想であった。その理由としては長い間教えてもらってきたのだからというものと、茉奈の好みが分かっているという点からだ。
茉奈は苦味の強いぬるめのコーヒーの方が好みだと分かっている。それをベースに作れば茉奈の下には会うだろう。チェーン店なら普通、味を均等に出す必要性があるのだが個人店であるセンブリではそのあたりを多少破っても大丈夫だ。常連客にはあったコーヒーを出すことも珍しくない。そもそもがセンブリの方針が『中にはミルクやシロップをたくさん使いたい人もいるだろう。そのお客さんにとって最高の状態のコーヒーを召し上がってもらいたい。自分にとって最高でも他の人にとっては最高ではないのかもしれないのだから』というものだからだ。味を均等にするのならば客に合わせるというのがセンブリだ。
それに対してデザートづくりは根本から違う。好みがわかるという点で言うのならばコーヒーと同じだが新作を作るという決まりの上ではかなり難しいとなるだろう。
「と、このお店か……」
新デザート政策の為に持たされた軍資金、2万円。そして多様な種類のチーズやコーヒーパウダー等の食材がそろっているお店への行先も教えてくれたのだ。
頭で考えるよりとりあえず見に行って料理に使うデザートを見に行こうと考えた。完全に主婦が安売りをしているものを見てから料理を決めるそれと同じ思考なのだが奏音はそれに気づいていない。
「うわぁ、結構広いなぁ。よしっ」
奏音は店内に入ってからマップを見つつ少しうろうろすることを開始する。英章がオススメするだけあって確かに調味料からフルーツまで多種多様なものを置いてあった。たえだ、それがあるがために余計に迷ってしまう。何週も何週もして頭の中でレシピを組み立てては崩れていく。その工程を何度も行った後疲労が出てきたために喫茶店へ避難することとする。
そこでアイスココアを注文し席に着く。案外人気店で席はどんどんと埋まってきていた。
「どうしよっかなぁ」
浮かんだレシピとみてきた食材を書いたメモを眺めながら頭を悩ませる。アイスココアなので冷めて美味しくなくなったということは無いのだが氷が解けて薄くなる可能性はあるのでちょびちょびと飲んでいく。
英章の淹れたココアはいまだに飲んだことは無いがこの店のココアとどちらの方がおいしいのだろうか?身内びいきもあるのだろうが恐らく英章だろうと予測する。
「お嬢さん、相席よろしいですか?」
「えっ?あっ、はい、どうぞ」
頭上から響いた紳士的な太い声にあわててテーブルを片づける。辺りを見ると既にテーブルは埋まっており相席をしている客がちらほらといた。
その紳士はアメリカンコーヒーと最中という組み合わせのトレーを持っている。
「ありがとう。失礼する」
慇懃な声に背中を曲げてお辞儀をする。奏音は持っていたシャープペンシルをクルクルと回して案外時間がたっていたんだと嘆息を付いた。
「お勉強中、だったかな?」
「あぁ……まぁ、そんなところですね。正しくはアルバイトの関係でなんですけど」
「ほお、チーズの種類、ココアパウダー、フルーツ……、洋風喫茶店のデザート作りと言ったところかな?」
「えっ……、どうしてわかったんですか?」
センブリはお茶を提供するような和風喫茶店ではなく全体的に洋風の作りになっているのは確かだ。
手元のメモ帳を見ただけなら素人のそれであるならばファミレス等のお店と言い当ててもおかしくはないはずだ。しかし、はっきりと洋風喫茶店と言い切ったことには驚いた。
「なに、簡単な推理だよ。選んでいるチーズの種類が匂いのきついものも少なく、またココアパウダーなどもコーヒーの味を際立てるものの方が多い。なによりお嬢さんが組み立てているレシピがそれを示しているようでな」
「あはは、すごいです。その通りです」
感心によるものと苦笑によるものとで半々の曖昧な笑顔を浮かべる。
「しかし、その組み立て方……」
「どうかしましたか?」
「いや、これは爺さんの勝手な意見だと思って聞いてほしいんだが例えばこういうものを仕入れてこれをミルフィーユ上にすれば」
「あっ!そっか!!}
その紳士が示したようにすることで気になっていた味のばらつきが収まるという事実に気が付く。確かに美味しそうだ。
「やってみよう。ありがとうございます!」
「いやいや、役に立てたのならそれでいいよ」
「あっ、時間が……それじゃあ、私はそろそろ失礼しますね」
「そうかい……。そうだ、ちなみにだがどこで働いているんだい?」
「えっと、センブリってお店です」
「センブリ、かい。わかった、邪魔したね」
「いえ、ありがとうございました」
大きく頭を下げてアイスココアの器を返した奏音は必要な食材を購入するためにお店の方へと向かった。




