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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
イマヌエル・カント ―――『死ねばコーヒーを待たされないで済む』
4/105

「眠い」

 奏音は食堂の机に突っ伏して一つ、ほうっとこぼす。

 3号館を右手に見ながら真っ直ぐ進むとそこには食堂棟がある。奏音は弁当を持参しているが食べれる場所の確保と、食堂を利用する友人と合わせて、食堂で食べるのが普通となっていた。そして、ここは溜まり場にもなっており、食事時を少し離れ時間の空いている時などもそこで時間を潰すことは稀ではなかった。

「夜更かしでもしたの?」

 奏音の前に座るユウくんが話しかけてきた。

「うん、ちょっとね。ミキちゃんに勧められたアニメ見てたらいつの間にか……」

「あー、あのアニメ。そんなにはまったんだ」

 ケラケラと笑うミキちゃん。どんなアニメとミキちゃんをユウくんは見つめた。

 このメンバーは3限の授業を取っていないため4限までの時間をいつも潰していた。

「ほらっ、2クール前……かな?にやってたアニメあるじゃん。あの恋愛系の―――」

 そのアニメはマンガが原作となったもので、ハーレム系のものではなく1対1の恋愛劇を描いたものだった。悲恋ではない。だが微妙な危うさをはらませたそれに奏音は、いつのまにかのめりこみ、気が付いたときには夜3時を回っていた。

 確かに奏音は乱読派だが。両親があまり漫画を読まないタイプだったからか、禁止されたわけではなかったにもかかわらず、自然と漫画を読まなかった。奏音宅にあるのは巻数の多さから集めるのを断念した有名作が数本だけだった。もちろん、漫画を読みたくないわけではなく、ただ金銭的な意味で集めるのを断念しているのだった。

「んん……4限の統計法は絶対寝れないのに」

 自らの頬を叩いて気持ちを切り替える。

 心理統計。心理学の初歩的な統計学を学ぶものだ。そこでは幾つかの公式が出てくるが、文系大学ゆえか数学が苦手なメンバーが何人か出てくる。奏音はまだ数学を苦手としていないので、このメンバー内では教える側に回る人間だった。その個人的な意識もあり奏音はなんとか眠気を押し殺そうとしていた。

「そういや、カノンちゃんのそれクセなの?」

「それ?」

「頬をパチパチって叩くやつだよ。何かあることに叩いてるよね」

「そんなこと———なくもないかぁ」

 ぼんやりと自分の行動を思い出す。

 今のように眠気がある時。気分を高める時。気持ちの切り替え……。色々あるがとにかくそういった時に奏音は頬を叩くのだった。

「なんでだろう。いつの間にかやってたな」

 奏音はそう呟く。無くて七癖。自分の癖というのは気がつかないものだ。

「もしかしてカノンちゃんって、M?」

「ち、違うよ!?」

 突然漏らしたユウくんの言葉に慌てて否定をする。だが、その慌て方が仇になったのか、ニヤニヤと笑いながらミキちゃんが続ける。

「うわー。カノン、うわー」

「だから違うってば!?」

「そういう嗜好もあると思うから俺は否定しないよ。うん、大丈夫大丈夫」

「目をそらしながら言わないでよ!」

「なんていうか、とりあえずLINE拡散?」

「しなくていいから!もう……」

 頬を膨らませて再び机に突っ伏す。その奏音に2人は笑いをこぼす。

「ほらっ。2人とも。いい席埋まる前に教室早くいこ」

 流れを断ち切るようにガタッと立ち上がる。

「はいはい。待ってよ」

 そういいながらミキちゃんらは立ち上がる。

 食堂棟のB1階から外に出て、そこからさらに下ったところに6号館の1階出入り口がある。水城大は山にあるために、なだらかな坂道となっている。その為5号館などの5階が2号館の1階になっているのだった。

 心理統計法の講義が開かれるのは6号館だ。心理学系統の授業は主に3号館で行われるのだがこの授業は受講者が極端に多い為広い教室の多い6号館で授業が行われているのだった。

「このあたりで……いいかな」

「いいんじゃないかな」

 6号館の教室は大人数相手に講義を行うため広い。その為講義は基本スクリーンに映されている。教室の要所要所にはモニターもおかれているため、後ろにいても十二分に内容は見える。だがしかし、モニターが真上に位置する場所だった場合はやや画面が見にくいのだった。それゆえに場所取りは意外と大事になっている。

 そこから少し話をして時間をつぶしていると、ちっひーたちも続々と集まり講師もやってくる。眠気はまだ頭の片隅にあるがそれを忘れさせるのは、まだできなかった。それを捨て去るようにと頑張ろうとしていると、時間は刻々と過ぎていく。何回か舟をこぎそうになりながらもギリギリ意識を保っていた。

「それでは、宿題とします。次回までにここやってきてください」

 講師の言葉と共にグッーと伸びをして片づけをする。

「ふぅー。疲れたー」

 隣を歩くちっひーがそう言葉を漏らす。5限がある組や人の波にのまれてはぐれることもあり、6号館からバス停までの坂道を奏音、ちっひー、ユウくんで降りていた。

「うん。疲れたねー」

 そういって頬に持っていきかけた手を誤魔化すように、サイドテールにまとめた髪に持っていく。それに気が付いたユウくんがクスクスと忍び笑いを隠していた。それを不満げに小さく頬を膨らませた。

「どうかしたの?」

「なんでもないよ。それより、授業わかったの?」

「もちろん。宿題はカノンかユウくんのうつさせてもらうよ」

「少しは自分で考えてよ」

「俺もみせれるほどじゃ……。まあ、ちっひーよりましだけど」

「おっ?私に喧嘩?」

「シグマの計算でかなり悩んでたからね」

 ユウくんがさらりと返す。

「うん。だから見せてもらう」

 するとすぐにちっひーが引き下がった。二人のらしいやりとりに奏音は苦笑をもらした。

「それじゃあね、カノン」

「じゃあね」

「うん、ばいばい」

 水城大までのバスは二か所からやってきている。奏音と二人はそれぞれ違う場所を通学に利用しているためバス亭で別れることとなる。

 補助席の座りづらさに一定の不快感を感じながらSecond World Storyを開ける。圧迫しているカード保有枚数に課金の誘惑をそそらせられながら、ゲームをしていると自然とあくびがこぼれた。

 眠気は脳に絡みついてほどけていなかった。このままでは下手をすれば寝過ごしてしまいそうだった。そうなるとかなり面倒なことになってしまう。

 その時にふと、ドリップされたいい香りの放つあの喫茶店を思い出した。理由はわからないが、とにかくあの味を思い出した。

「お忘れ物なきようお気を付けください」

 運転手の声。それにつられるように立ち上がりバスのステップからコンクリートに地につく足を駅と反対方向に変える。カフェインって本当に眠気を飛ばすのかな?

 誰に対するでもない言い訳をして、駅とは別方向に歩みを進めた。


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