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「ん~、楽しかった~」
「はいはい。もういい加減時間だから。帰って帰って」
「んも~、カノン冷たいな」
「そう言いながらカメラかまえない!」
奏音は手をパッパと払うと彼女を追い払う。ふざけた様子で頬を膨らませながらもセンブリを出るちっひーたち。珈琲講座は無事終了した。
奏音は大きく息をつくと簡単に手入れを始める。今はまだ5時だが今日にいたっては閉店ということになる。英章も慣れていないことをして疲れたように肩をトントンとたたいていた。
スタッフ一同で片づけを終えすぐにまた開店できるほど状況を整えた後英章がパンパンと手を叩いて全員の注意をひきつける。
店内にはまだ甘いココアスメルが漂っている。
「今日はお疲れ様でした」
英章が店長らしくまずは全員をねぎらう言葉をかける。口々にお疲れ様でしたーとみんなも応える。普段はこんなミーティングをしないとはいえ何となくどうしたらいいかが分かっている。
「えっと……、僕もこういうの柄じゃないけど結構いい感じで追われたと思ってる。少し厭らしい話をすると、京と奏音ちゃんの分の時給は特別手当ってことで少し色を付けとくよ」
「やった」
「えっ、そんな」
京は実の兄ということで素直に喜ぶが奏音としては確かに普段の業務とは違うことで疲れたとはいえそんなことをしてもらっていいのかと慌てる。そもそも、この講座における利益はあまりなく、むしろ通常業務をした前日比との売上差は恐らく65~75%と行ったところ。前日比100%を毎回出すのは難しいにしてもこれではいくらなんでも低いと言わざる得ないだろうにそれに加え特別手当をもらう訳にはいかない。
そんな奏音の思惑を読み取ったのか安心するように微笑みかける。
「気にしなくていいよ。今回の目的はリピーターを増やすと同時にコーヒー豆を買ってもらうことが目的でもあるし。現に今日もためしに家で作ってみますと言ってコーヒー豆とかドリップペーパーとか買ってくれたし。それで自分で作る楽しさに芽生えたらこれからもうちで買ってくれる可能性が高まるからね?」
「そっか。わかりました。有難く受け取ります」
「そうそう。奏音ちゃんは気にせず受け取ればいいさ」
そばで聞いていた華央も茶化すように話す。そんな華央はコーヒー講座中も自分が講師であるはずなのに生徒のような顔をしていたときもあるぐらい真剣に英章の話を聞いていた。勉強になるものがあるのだろう。
「それで明日以降だけど、これまでの形態と大きく変えるつもりはないから今まで通りよろしく。しいて変えるところをあげるとするなら少しだけお客様に販売する豆やコーヒードリッパーの等の仕入れを多めにすることぐらい。後は今日最後に行ってアンケート結果をもとに色々考えるよ」
英章の説明に頷く。これまでの経営から大きく変える必要がないということはそれで十二分に成り立っているということだしアルバイトの点でかんがみるなら仕事が増えることも無いというわけだ。
「じゃあ、なにか質問とかあるかな?」
「あー、先輩いいすか?」
「ん?なに?」
「いや、単純に。ココアはまだ、出さないんすか?」
その質問に英章はあー……と小さく口の中でその質問をかみ砕く。
「いや、まだかな。僕がもう少しうまくなってから店には出す。今回ココアを講座に取り入れたのは家で作るということを考えた時に客寄せになるかなと思っただけだから」
「そう……すか。了解です。オレからはそれだけ」
「うん。京たちは?」
「なにもないよ」
「特には」
「わかった。じゃあ、今日は疲れたと思うからゆっくり疲労を抜いてね」
「はい」
奏音たちは英章のしめに返事をする。その後更衣室へと戻り着替えを始める。
「あれ?メール……」
先ほど別れたはずのミキちゃんからのメール。
内容を確認すると今日の事に関する感想と腐女子的な思考の話に苦笑いを浮かべる。そして最後の一文に思わず呟く。
「『店長さんってバールマンなの?』って……」
バールマンという言葉は奏音も知っている。といってもセンブリでバイトを始めてから知ったのだが。バリスタはコーヒー専門の人間だがバールマンはバール、すなわち飲食店に関する全てに精通している者というものだ。
「どうなんだろ?」
英章の話からそういった言葉を聞いたことがない。だけど、飲食店の店長として色々な試みをし客を楽しませるその姿は確かにバールマンと言えるかもしれない。
奏音は少しだけ考えるように視線を彷徨わせて返事を打ち始めた。




