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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
オノレ・ド・バルザック———『珈琲だけが、想像力ゆたかなこの労働機械の活動を再々うながす黒い油であった』
35/105

5

 予定時刻よりわずかに5分ほど離れて珈琲講座が始まった。まず始めに自己紹介と注意事項を兼ねた時間を取り英章、華央、奏音そして先ほどやってきた京の順番で挨拶をする。京の姿を見てちっひーたちがまた静かに盛り上がってはいたが今は真面目に講座を聞いている。

 まずはアメリカンコーヒーに関する知識から述べていく。その間アシスタントの奏音と京は全体を見たり、コーヒー豆を用意したりとした準備を行っていく。

「にしても、結構老若男女バラバラだね」

「あー、確かに。若干女の人の方が多い感じですかね」

 奏音の呟きに京も小声で返す。邪魔をしてはいけない。

「そういえば、京ちゃんも友達誘ったんだ」

「はい。あそこの」

「えっ?男の子ってことは……彼氏とか?」

「ち、違います!同じクラスで―――」

「ごめんごめん、分かってるって。京ちゃんはお兄さん一筋だもんね」

「それも違うんですけど」

 半眼で睨む京。だが顔は少し赤くなっていて本当に異性として気になっているということではないものの嫌っていたりするわけではなく兄として好いていることがよくわかる。

「最近奏音さん、茉奈さんみたいです」

「えっ?そう」

「少し意地悪になってます」

 そう頬を膨らませるところも色々といじられる原因なのだがあえて奏音はそのことを伝えずにゴメンと一言謝った。

「では、今から先ほど説明した手順で淹れてみましょう。二谷さんたち、おいてあげて」

「「はい」」

 業務用の呼び方で呼ばれて奏音らは返事を返す。その後前もって決めていたテーブルにコーヒー豆らを置いていく。あえてちっひーたちのテーブルには奏音が向かわず、同時に京の友人らには奏音が出向く。友人を前に業務態度を取り続けるというのもどこか恥ずかしさもあり、また空気がたるむ危険性があるからだ。

 アメリカンコーヒーは通常のコーヒーより薄いコーヒーの事をさす。だがただお湯や水でのばすだけではそれ本来の味を引き出すことができない。基本的には通常一杯分のコーヒー豆で二杯分淹れるくらいがちょうどいい。全体的に味が薄くなる他コーヒー豆の持つ本来の味わいの違いも感じやすくなり通常なら捨てる分の味も味わうことができる。経済的にもお得だったりする。

「とりあえず様子を見ながら次の用意ですね」

「うん」

 全員にコーヒー豆がいきわたったのを確認して奏音は頷く。基本的にここで教える内容は奏音の頭にも入っているのでヘルプなどは答えるつもりだ。でもその必要性はハプニングが起きる限り無いだろうなと高をくくっていた。理由は二つ。英章と華央が本当にこういったことをしたのが初めてなのかと疑いたくなるほどテキパキと指示を飛ばし手助けをしている点、そして二つ目。英章の説明がとても丁寧でわかりやすかった点だ。すでにコーヒーの匂いがあちこちから漂っている。匂いだけでは分からないところもあるが大きな問題は怒っていないことを示しているだろう。

 奏音は次に淹れる予定になるカフェモカの準備を行っている。だがそれと同時にチラリと普段はこの店にない備品に目をやる。ココアの一式だ。

「奏音さん?」

「あっ、ゴメン」

「ココア、ですか?」

「うん。私好きだし、それに英章さんの淹れるココア私飲んでみたいなって」

「そっか。私も久しぶりに飲みたいかな、お兄ちゃ―――兄さんの淹れるココア」

「……うん。やっぱり、あの手つきとかすごいし」

 そう言いながら少しだけ手間取っているちっひーの元に駆け寄る英章を見る。マンツーマンでゆっくり優しく言葉をかけている。

「奏音さん?」

 京は間違えてお兄ちゃんといったことを弄られると思っていたにもかかわらず奏音がそのことについて触れなかったので少し気になってまた呼びかける。

「……いいなぁ」

「奏音さん」

「えっ、あっ。な、なんでもない。さてと、セッティングは後」

 恥ずかしそうにコホンと咳払いをする奏音。その奏音をどこか呆れたような目で見る京。

「私だけじゃなくて……」

 本当は奏音さんこそ、お兄ちゃんを?

 その考えは胸の内にとどめて聞きたださないでいた。奏音なら大丈夫だろうという思いと、奏音相手でも湧き出る少しの嫉妬が複雑な色でブレンドされていた。


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