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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
オノレ・ド・バルザック———『珈琲だけが、想像力ゆたかなこの労働機械の活動を再々うながす黒い油であった』
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 キュッとグラスを拭く音が嫌に響く。奏音は光にかざして汚れのチェックをした後一息ついてそっとグラスを置く。コーヒーサーバやその他機材を部屋の中央に持ってきている英章と華央はほっと一息をついていた。流石に持ってくることのできない大きな機械はそのままだがそもそもそれは家庭にないので見せる必要性もない。

「さてと、そろそとお客様が来てもよさそうだけど……」

 英章が自分の身なりを整える。奏音も服を整えながら時間を見ると確かにそろそろ来てもよさげだ。

「結局何人になったんでしたっけ?」

「16人。うち2人は奏音ちゃんの勧誘だね」

「あぁ……。また騒がしいかもしれないけどよろしくおねがいします」

「あはは。うちとしてはお客様が増える分には嬉しいし」

「その2人ってオレとあった?」

「はい。1人は。女の子の方です。もう1人は初めてですね。そちらも女の子で―――と、話してたら来ました」

 華央越しに見える窓の外からその人影を見て声を上げる。結局一番乗りはその2人だった。

「こんにちはー。講座の予約したものでーす」

 ちっひーの元気な挨拶が店内に響く。結局カラオケ勝負勝って試合に負けた奏音により2人の三かとなっていた。

「こんにちは。君たちが奏音ちゃんの……」

「はい!カノンの友人です。今日はよろしくおねがいします」

「……やっぱりイケメン」

 ボソッと呟くミキちゃんの言葉に聞こえてか聞こえておらずか英章は返事をしない。ちっひーはキョロキョロと辺りを見渡して眉を寄せる。

「あれ?カノンは?」

「えっ?そこに……っていなくなってる」

 後ろを振り返るとそこにいたはずの奏音がおらず驚く英章。それに華央は忍び笑いをしながら奏音の行く先を目で追いかけていた。

「カノン、なんで私達が着た瞬間後ろに逃げてるの?」

 だがそれを目ざとく確認していたミキちゃんがするどくつっこみを入れる。奏音はカウンターの裏側でドキリと肩を跳ねさせながら近くにあった布巾を手につかむ。そして気合を入れなおすため自分の頬を叩く。

「べ、別に逃げたわけじゃないよ。拭き残しがあったから後ろに戻っただけ」

 曖昧な笑顔で立ち上がり二の句があげられないように素早く言葉を紡ぐ。

「そんなことより、2人とも早かったね。まだ講座が始まるには時間があるからゆっくりしててよ。そうそう!ちっひーは初めてだもんね。この人が店長でこっちが副店長さん。うん、色々お世話になってるんだ。それじゃえっと、席はとりあえずこの辺りでも座ってて。あと、全体の行程は―――」

「カノン喋り過ぎ」

 次から次へと思いつく限りのことを話す奏音に流石にミキちゃんがツッコミを入れる。

「うっ」

 流石にやり過ぎていたかと感じて変なうめき声を上げる。誘った時点である程度腹はくくっていたがどうしてもこのウェイトレス姿を見せるのは恥ずかしさもある。なによりちっひーのことだ。いじらないはずがなかった。

「ほーほー。ロングのスカートにエメラルドのジャケット。そして胸にピッタリとくっつくシャツ」

「ちっひーはオッサンか!」

 そのセクハラ具合に思わず普段の口調も忘れツッコム。自然と両手は自分の胸を隠すようにクロスさせて肩をつかむ。

「いやー、似合うねーって話。顔のレベルもいいんだし。いいアルバイトつかみましたねー」

 へっへっと笑うちっひーに英章は少しペースを乱されながらも笑顔で返す。

「あはは。まぁ、奏音ちゃん目当てのリピーターさんが来たりするぐらいだしね」

「なにそれ!?初耳ですよ!?」

「ほら。廣瀬のおじいちゃん。この先にある家でススキがたくさんある庭を持つ」

「あぁ。あの人が」

「廣瀬のおじいちゃん、お子さんが都内の方にいるからお孫さんになかなかあえなくて」

「へー……。ってそういう話じゃないような」

「因みにそのお孫さんまだ3歳だって」

「なんで私と重ねあわされるんですか!」

「おお!大学でもセンブリでもカノンのツッコミはさえるね」

「大学でのツッコミは大半はちっひーのせいでしょ!もう」

 奏音はあきらめたようにため息を吐く。怒涛の事実とツッコミに華央だけは1人楽しそうに笑っている。そしてミキちゃんはそんな華央をみつつ1人でムフフと笑っている。

「まぁまぁ。約束通りカラオケ勝負の結果来たわけだし」

「えっ?そうなの?奏音ちゃんが勝ったということかな?」

「そうですよー。いやー、カノンに完敗で」

「へー。奏音ちゃん歌うまいんだ」

「あ、はは」

 困ったように視線を逸らす奏音。これも触れられたくない話だった。

「平均点との差で競ったんですけどー。私が10点差でカノンが20点だったんですよねー」

「へー、うまいんだ」

「ちょっ、ちっひー」

「私がプラス10点でカノンがマイナス20点だったんです」

「そっち?」

「あっ、も、もう!!英章さんも華央さんも残りの用意済ませましょ!」

 恥ずかしさのあまりその顔で豆が焙煎できそうになりながら奏音は英章の背を押してちっひーたちから顔を背けさせた。

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