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「……暇ですね」
「そうだね」
奏音は隣にいる華央に話しかける。8月の真ん中。それでも3時ごろにはまだ人が込むことも多いのだが、全体的に夏休みに入っていることもあり客足は遠のいている。
現在は先ほど客が出て行ったこともあり0人となっている。もう少しすれば買い物帰りの主婦などが暑さをしのぐためにやってくることもあるがそれまではなかなか人も来ないだろう。
だからと言って店内に人がいない状況にするわけにもいかない。先ほど上がった茉奈を抜いて現況三人のこの喫茶店だ。
「よしと……」
カウンター席で座ってなにか作業をしている英章が声を上げる。自然と注目が向く。
「二人とも、ちょっと来て」
「はい」
「なんすか?先輩」
呼ばれた二人は英章の元に行く。英章の手元にはポスカと画用紙がある。
「ちょっとした企画をやってみようと思ってね。ジャン」
その画用紙を持ち上げて示す。そこには『簡単!誰でもコーヒー講座』の文字が躍っていた。日時は今日から一週間後の日曜日。3時から5時。また、オマケとしてアメリカンコーヒーの無料券もプレゼントするというものだ。
「さっきから何かやってると思ったら、これをやろうと?」
「あぁ。講師は一応僕とアシスタントに益岡。そしてお手伝いには」
そこで言葉を区切って奏音を見る。
「えっ?私ですか?」
「この日バイト入ってるのは奏音ちゃんと京だからね。ただ、これは最初の契約以外の仕事。もし嫌だというなら遠慮なくいってもらって構わないけど」
「いえ、大丈夫ですけど……」
「心配しなくても大したことをしようという訳ではないよ。京よりは実践的なアドバイスをしてもらうことにはなるだろうけどさっき言った通り基本的には僕と益岡がする。多少実演も交えてもらうかもしれないけど、どうかな」
「私でよければ」
頭を軽くふりながら自分なんかでよければと肯定する。
そして自分の役割を把握するためにもポップをよく見る。
事前予約をしてほしいこと。先着20名まで。そして作るのはアメリカンコーヒー、カフェモカ、そして。
「ココア?」
思わず奏音は呟く。その商品は店内にはおいてないものだ。
「うん。せっかくだから幅広い層をターゲットにしたいから。ココアもね」
その時ふっと英章の言葉がよみがえる。
『ココアは苦いから』
なんとなくその言葉の真意は聞かないようにしてきた。特に意識をしていなかったわけでもなく、意識の外に自然と追いやられていただけだ。
「先輩。ココアの講座って」
「僕もなんだかんだで甘いものも好きだしね」
そういえば英章と食事をとる機会や休憩で一緒になる機会は幾度かあった。それらの傾向からチョコレートや飴といったものを好む気質があることを連想させれられる。
「あの―――」
少し意を決して声を上げる。
「なんで、ココアは置いてないんですか?」
「あぁ。別に深い理由はないよ」
といっても簡単に口は割らなそうに少し視線を彷徨わせる英章。だが、講座の1つとしてココアを持ってくる分にはココアも淹れることができるということだろう。なにより、奏音はずっと見ていた。
「バックヤードとかにはココアの材料とかも少しだけ置いてますし、練習はずっとしてましたよね?」
「ははっ。見られてたか」
「そうっすね。先輩。いい加減ココア、だしてもいいんじゃないすか?」
華央は手助けするように言葉の背を押す。
それを受けて頷く英章。何かを決心したような感じだ。
「本当、大したことじゃないんだけどね」
そう前置きを置く。その話を聞いてそうなのかと奏音は目を少しだけ大きくさせた。
ココアは少しだけほろ苦かった。




