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超電磁砲を一枚のコインを使って唐突に放つ少女。少年はその耳元で起きる爆風にぐらりとよろめいた。無能力者(レベル0)の少年と超能力者(レベル5)の少女の会話。
奏音はペラリと本のページをめくりながらもう何度も読んでいる本を読みなおしていた。手元にはアイスコーヒー。ココア変りだ。
奏音はもとよりココアを飲みながらの読書が好きだ。最近はもっぱらライトノベルを呼んでいるが、一般ノベルや芥川賞受賞作、はては哲学書のようなものも齧ったことはある。基本的に乱読体質だ。
とにかく活字を読む際のスタイルとして手元に何か飲み物を持つことがある。その何かはココアであることが多いのだが、今回はアイスコーヒーだった。
「ふぅ」
四葉のクローバーの栞を挟み、本を閉じる。少し残っていたアイスコーヒーを飲み干す。値段はごく普通の喫茶店の値段と同じくらいだ。だがしかし、味は程よく美味しかった。以前飲んだ二等級の豆を使ったコーヒーには及ばないところはある。それでも味わい深いものだった。そこを考慮すればもしこのコーヒーを淹れた人が二等級豆を使えばもっと美味しくなるのではと思う。
抜ける香りは優しく、舌にはしつこく味を絡みつかせることなくスッといなくなる。それでいて味がしっかりしているので後味も薄くだが確実に感じさせる。
小さい頃はコーヒーをただの苦い液体のようにしか感じなかったが、今となってはブラックでも飲める。小さなころは食べれなかったものというのは大概舌が肥えて食べれるようになっていくものだ。この舌が肥えるというのはえてして舌が老化するというものでもあるのだが。
グルリと店内を見渡す。奏音を接客した益岡という店員とここの店主らしき若い男だけがいた。
時間も程よい。伝票を手にするとレジへと向かう。その様子を感知した益岡がレジへと向かった。
会計のやりとりをする。
「美味しかったです」
「ありがとうございます。ココアは無くて申し訳ありませんでした」
「いえ……」
「ココア、お好きなんですか?」
「ええ。大好きなんですか」
「私もですよ」
小さく笑みを浮かべる益岡。
「雰囲気のいいお店ですね。数年前までなかった気がするんですけど」
「ああ。一年と少し前にできたんですよ」
「へー……そうなんだ」
なんて呟く。
「よろしかったら、またどうぞ」
益岡にそう頭を下げられ、礼を言って店を出る。その際入るときは気が付かなかったが窓のところに一枚のチラシが張ってあったのを確認する。白い紙に落ち着いた色で従業員募集と書かれた張り紙が貼ってあった。
高校生、大学生歓迎。週1からOK。時給は820~。
そこまで高級なバイトではない。だが微妙に髪の引っ張られるものがあった。
「ちっひーもバイトしてたっけ」
大学内にて会った友人を思い出す。彼女は確かレンタルビデオ屋で働いているといっていた。部費やその他の事も考えアルバイトをしているらしい。愚痴っていたときもあったが。
皮肉な形で部活に入れなかった奏音は、そういったものはないがアルバイトはしてみたいと考えていた。本代も馬鹿にならない。今本を色々読み返しているのも面白いという理由以外に、ただ本を大量に購入することができないからという残念な理由も存在していた。
少しそのチラシを眺めてから、時間を見ると早歩きをしないとまた特急を逃しかねない時間になっていることに気づいた。足早に駅へと向かう。
改札に定期券を通過させてホームへ行くと丁度特急がやってきた。痛い目をみないように一応何行きかを確認してから乗り込む。この駅はここから二つの行先の電車に分かれるため、間違えると非常に厄介だ。
ここから家まで35分。スマホを取り出しSecond World Storyを開けてみるがスタミナはまだ少なかった。諦めてスマホを閉じ本を読む。展開がわかっている本を何度も読んで面白いのかと疑問に思う人もいるだろう。でも二週、三週とすると気が付かなかった伏線や情景の描写などに目をやる余裕が産まれる。作家の後書きを読むと実はこういうところに気を付けていたなどと書いてあることもあるから面白い。
乗り換えを済ませてスマホから音楽を流しつつ帰宅する。家は7階建てマンションの一室。
「ただいまー」
誰かいるかと玄関のカギを施錠して中に入るが部屋は暗かった。母はまだパートのようだ。靴をそろえて自分の部屋へ向かう。大学は制服でなくていいというのは一つの利点であり悩みどころだ。部屋着へと着替えてパソコンの電源を付ける。対した情報は何も流れていなかった。芸能人の○○が、などはあまり興味がなかった。それ以上にそこにつく意味のない誹謗中傷を見るのが嫌なので動画サイトで音楽を流しながら伸びをする。ふと、先ほど飲んだコーヒーの味を思い出す。
「センブリって何か意味あるのかな」
気になったことを呟くまま新規のタブを開いてセンブリについて引っ張る。複数のヒットからウィキペディアを選び出す。恐らくこれのことかと目星をつける。5つの白い花弁に中心はやや黄緑ががっている花だった。
「これが語源……なのかな?」
花ならほかにいくらでもあるような気がするが、なぜこの花なのだろうか。そこまで綺麗花でもなさそうなのにと思いながらホームへと戻ろうとする。
「きゃっ!?」
突然なる大きな音。間違えて広告リンクを踏んでしまったらしい。ページを開けると有無言わさず音のなるホームページには少しの恐怖すら感じさせた。しかも踏んだ広告はアダルト系ゲームの広告のようで胸の大きな女性があられもない姿になっていた。憤りを少し持ちながら、黙ってホームへと戻る。そして自分の胸に目を落とす。
小さくはない。だが決して大きいと言えるサイズでもなく、大きい小さいの単純二択でわけられるのなら小さいに区分されるものだった。
「ただいまー」
扉を施錠する音と共に母が帰ってきた。
「おかえり」
部屋から顔を出して母を出迎える。
「ただいま。すぐご飯作るからね。ん?なに?」
「う、ううん。なんでもない」
すぐに部屋へと引っ込んでイヤホンを付ける。
「遺伝か」
ただ自分の胸を見た。
それから振り払うようにゲーム機を付ける。RPGだ。王道的なモンスターを倒していき最後にはボスを倒すというもの。だがそのボスにたどり着くまでの人間ドラマが妙にリアルでそれが楽しみだった。むしろ戦闘などすべてカットしてもいいような気さえするが、流石にそれではRPGとして成り立たなくなる。それではどこになにをはめたらいいか、一から十まで示されているパズルをやるようなものだ。本質を形骸化させてはいけない。ノベルゲーはまた別でもある。そうして雑魚モンスターを倒しながら経験値を貯めていると母に呼ばれて食器をリビングまで運んでいく。
「そういや、お母さん」
「ん?」
「今日大学帰りにスクールバス降りて、少しその辺ブラブラしてたんだけどセンブリっていう喫茶店できてるの知ってる?」
「へー。そうなの」
「うん。なんでも1年前ぐらいにできたんだって」
食器を撒き終えて次は箸を持っていく。
「どう?美味しかった?」
「うんっ。普通に美味しかった。アイスコーヒー飲んだけど」
「あら?ココアじゃないのね」
「あー……、なんかそのお店ココアおいてないんだって」
「珍しいと思ったら、そういう理由だったの」
やはり奏音といえばココアというイメージがついているようだ。ココア以外を飲んで疑問に思われる人など珍妙だ。
「けど、雰囲気も良くて結構いいお店だったよ」
「今度行こうかしらね~。まあ、あそこまで行く機会あんまりないけど」
「少し遠目だもんね」
あのアイスコーヒーの味を思い出しながら母親に同意した。