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同じ場所、同じ器具、同じ同じ豆でも、淹れて一つでコーヒーの良しあしは大きく変わる。それは当たり前で、例えば高級食材に最高の器具がそろっていれば誰でも一流シェフになれるのかといえばそうでないのだ。それは料理に限らず武道や化学的実験においても同じかもしれない。全てコツや直感的な作法など様々な要素がおたがいに作用しあうのだ。
「よし、3杯分完成。これ、コップにいれて」
「はい」
奏音は京にピッチャーを渡すと手慣れた手つきで京はコーヒーを注いでいく。そのさまはまるで姉妹のように連携が取れていた。
休憩で帰ってくるまで恐らく後3分ぐらいだろう。ラストの4人分は時間的に間に合わなそうだが仕方がない。早くやりすぎると酸が立ちコーヒー本来の味を大きく損なう可能性があるのだから。
奏音は新たなペッパーフィルターを折り、ドリッパーにのせる。そこにスプーンで計量した豆を入れていく。
京からサーバーを受け取りそこにお湯を注ぐ。このコーヒーを淹れる作業において特に重要だと英章に言われたことを忠実に守る。
お湯を少量淹れての―――蒸らし作業。これをすることでコーヒー豆が膨らみ炭酸ガスを放出、豆にお湯がよく通るようになる。後はお湯の量を調整しつつ円を描くようにお湯を入れていく。正直この作業が奏音にとって一番苦手なところだ。最初に英章からなっらった時の、その繊細な手つきに驚かされた。円を描くといいうものは何となく知っていた奏音だったがお湯の量、スピード、そして経験における見極めなどは到底すぐに追いつけるものではなかった。
「よーし。じゃあ、休憩!今日は暑いからきちんと汗も拭いて水分も取ってねー」
2回目、つまり6杯目を完成させたころにサークルの部長だろうか?女性の呼びかけで休憩に入る面々。京に目で合図を出してコーヒー淹れに最大限の力を発揮する。
そもそもコーヒーは強い利尿作用もあるのであまり水分補給には向いていない。コーヒーとアルコールは水分補給と思わない方がいいというのは有名な話だ。ただし、頭を切り替えたりシャキッとしたりするにはコーヒーはいいので運動とコーヒーの相性は悪すぎるわけではない。
なので京にはコーヒーをコップに注ぐ係りと同時にスポーツドリンク、水も用意してもらう。奏音はその間に残り分のコーヒーを入れる準備に移る。
「お疲れ様でーす。これ、どうぞ」
帰ってきた人たちにスポーツドリンクを渡す京。ありがとうと口ぐちに入った後すぐにコーヒーの匂いに気づく参加者たち。
「それとリフレッシュ用のコーヒーも淹れてますので、どうぞ」
「あら?ありがとう」
「ありがとうございます」
水を体内に流し込んだ後コーヒーを手にして美味しそうに飲む。
「あはは、なんか京ちゃん大荷物だなぁって思ってたらそういうことだったんだ」
少し遅れてやってきた茉奈は笑いながらコーヒーを受け取る。近くにはもちろん、英章の信条に従ってシロップとミルクも用意してある。
「兄さんが……」
「でしょうね。えっと、この豆は?」
「グァテマラですね」
「ふーん。そうなんだ。なんか珍しいチョイスだな……」
茉奈の呟きに豆を蒸らしている奏音が答える。
「グァテマラは甘い香り、上品な酸味、芳醇な風味があります。酸味が少し強いので運動後にスッキリもしやすいんじゃないんですかね?それに時間がたって酸が立ったとしてももとから強めなグァテマラなら誤魔化せるとふんだの、かな?もしくは外ということも考えて香りが強めのものを選んだかもしれませんね」
ちょっとした知識と英章の考えを推測してからお湯を注ぐ作業に戻る奏音。その奏音をぽかんと見つめる二人の気づいたのはお湯を注ぎ終えたときだった。
「えっと……?」
「後輩が……、私の後輩がどんどん店長に汚染されていってる!」
「茉奈さん!?」
「ちなみに……奏音さんの言った通りのことを兄さんが言ってました。愛弟子すぎますね」
「私別にバリスタ目指してませんからね!?」
「別に否定することではないと思うけど」
苦笑いをしながら茉奈が奏音にツッコム。つっこまれた奏音はまあそうだけどと視線を泳がす。その奏音を見ていた茉奈が考えるように呟く。
「コーヒー知識も取り込んで……ボドゲも強くて……」
「茉奈さん?」
「よっし、奏音ちゃん!次の練習再開から奏音ちゃんも参加!」
「なんでですか!?」
「たぶん色々取り込めるすごい人だと私は思うから」
学歴的に茉奈さんに言われたくないです!と心の中でぼやきながら奏音のブラインドサッカー強制参加が決まった。