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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴール―――『よいコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い』
25/105

「奏音ちゃん奏音ちゃん」

BLと聞いて色めき立っているミキちゃんらを背にしていると英章から呼ばれる。

「なんですか?」

「ちょっとね。これ飲んでみてよ」

「ん?」

首をかしげながら英章に渡されたコーヒーを手に取る。

そっと口にした瞬間、違和感を感じる。

「あれ?」

「どう?」

「いつもと、味が違う。匂いも」

口内にしみわたったブレンドコーヒーはこの店で出しているものとはちがい別な味と匂いがはじき出されていた。

「新しくブレンドしてみたんだ。美味しい?」

「はい。苦味が強くなって、代わりに酸味が減ってる気がします。でもただ苦いんじゃなくて香りが二段階に感じるような気がします」

「うん。なるほどね……」

英章は二度頷くとスッと奏音の後ろに視線を移す。

「ゴメンって、奏音ちゃん。って、なにしてるんすか、先輩も?」

「ちょっとね。益岡も少しこれ飲んでみて」

「はい……。ん?色が違う。少し濃くなってる」

そっと視線を落とした黒いコーヒーだがその色の違いを素早く指摘する。通常女性の方が色覚の違いというのは突出しているものだ。だがコーヒーと長年向かい合ってきたからかそのことに関しては益岡の方が上らしい。素早くコーヒーを一口分含んで、匂いを豊満させるために息を吸い込む。ティスティングの用法だ。

「うん。苦味が強い……。あとは香りも。複雑になってますね」

「ふーん。なるほど」

それだけ聞くと英章は種明かしをするように語りだす。

「二人の言うとおりこのコーヒーは苦味の強いベネズエラなんかを多く入れてる。だけど二人の様子を見ていて一つ確信したよ」

「確信?」

「益岡はやっぱり直感的なコーヒーの生成に向いている。もちろんコーヒーの味にぶつからないように知識も得たうえで。だけど少しブレることがある。それが益岡が苦味だけを指摘して酸味の指摘をしなかったこと」

「いや、でも苦味がわかったら酸味も自然と」

「確かに。だけどもそれを指摘はしなかった。当たり前だと思っていたがために。そこが悪い点かもね。ケアレスミスの元になる」

華央のミスを指摘する。

「そして奏音ちゃんは落ち着いて一つひとつの味を分析することに長けている。味のブレというのも実は奏音ちゃんの方がブレはばが薄い」

「そうなんですか?」

「うん。この二人の力が重なったらきっとすごい力になると思う。だから僕としては正直奏音ちゃんはバリスタ目指してみてほしいんだよね」

「えっ……」

「ははっ。二人のコンビは益岡、茉奈ちゃんと同等かそれ以上レベルで言いと思うんだよね」

無意識に奏音と華央は顔を合わせる。

その後何となく悟る。急にこんなことを尋ねた理由を。つまりは二人の喧嘩というかやりとりを優しい形でとめたということだろう。しかもほめながら。

結局は叶わないなと奏音は小さく笑う。

「か、カノンちゃんー。ちょっと」

「あはは……。たぶんトリップから治せということかな。少しいってきます」

「ほかにお客さんいないからいいよ。ゆっくりで」

英章に見送られる形であの二人のテーブルに行く。

「全く、騒がないっていったのに」

「騒ぐトリガーを引いたのはカノンちゃんだって」

「はぁ。ミキちゃん。おーい」

ブンブンと彼女の目の前に手を振る。

「店長さん×副店長さん……。話聞いてたらこっちの方が。でも、だからこその副店長さんが責めに。はうっ」

「はぁ。いい加減にしなさい」

ポスッとチョップをする。

「いて。なにするの、カノン」

「ミキちゃんが何してるの。勝手に人のアルバイト先でその店長と副店長でカップリングしないでよ」

「やおいバイト」

「私のあるまいとは山もあればオチもあって意味もあるの」

「BLにも山もあってオチもあって意味もある」

「アンタが言ったんでしょ!もう、大人しくしないならさっさとコーヒー飲んで帰ってよ」

「ゴメンって冗談冗談」

笑ってトリップから戻ったミキちゃんがカフェモカをすする。ユウくんもまた落ち着いてブレンドを飲む。

「うん。にしても、俺もコーヒー好きで時折飲んでいるけどこのお店の美味しいね」

「そっか。まあ英章さん……、店長が考えて作ってるやつだし。リピーターさんも多いしね」

「ふーん。だけど不思議に思ったんだけど、カノンちゃん大学のテラスでもココアよく飲むから好きなのかなって思ってたらこのお店おいてないんだね」

どうやらユウくんにとっても奏音イコールココアの方程式は出来上がっていたようだ。それに対して小さく苦笑いしてから答える。

「私も詳しくは知らないけどココアは置いてないんだよ、うちの店。まあ、その代わりカフェモカがあるからね。甘いモノ好きならそういうものや、そこに砂糖やシロップも大量に置いてあるからいくらでも甘くできるよ」

「へー。なるほどね。客は客で好きに飲めるわけか」

そのユウくんはほんの少しミルクを入れてあるだけだった。

「気に入ったなぁ。テストの前とかリピーターになろっかな。いざって時はカノンちゃんから教えも頂けるし」

少し笑ってウィンクをする。

「はぁ、私を頼らないでよ」

それに対しては苦笑いで返した。

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