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バッと指をさしあう。
奏音、華央、京の向かった先にいるのは、もちろんのように英章。そしてその英章がさした先にいたのは。
「ほっ、よかったぁ」
「あはは、まあそうですよね」
大きく息をつく華央。英章がさしたの先にいたのは華央だった。
「まあ、流石に経験があるからね。奏音ちゃんと益岡、どちらかなら益岡かなって」
「よかった……。たぶん大丈夫だろうとは思ったけど先輩が脅すから実はけっこうビクビクだったんすよ?」
「それでビビってるうちはまだまだだと思うけど」
「ぐっ……、ぐうの音でない」
勝ったにもかかわらず少し肩を落とす。対して奏音としてはあまり残念に思う気持ちも無くやっぱりバリスタという仕事はすごいんだと客観視していた。
「ちなみに京は、俺を抜いたらどっちがよかった?」
「私?うーん……。やっぱり口当たり?とかは華央さんの方が優しいし味も深い気がするけど……、なんていうか兄さんのやつに似てるのは奏音さんの方ですね」
「えっ?」
「あっ、そういえばそうだな」
京の感想に驚く奏音とどこか納得する華央。
「やっぱり二人は気づいていなかったか。京の言うとおりコーヒーに関して言うなら奏音ちゃんのは僕に似ている」
「そう、なんですか?」
「うん。確かに香味とか味の深みとか、そういう点に関しては益岡や僕にはもちろん劣るよ。だけど、僕からならっていうこともあるのかな……クレマの形や混じり方は僕にそっくりなんだ。言い方が悪いけど下位互換、というのかもしれない」
「へー。あっ、じゃあ私にセンスがあるとかいってたのは」
「もしかしたらそれもあるかもしれない。だけど、コピー能力というのかな、それは確かなものだと思う」
「コピー能力って漫画とかだと噛ませキャラっぽくなりがちですけどね」
謙遜も含めるためにそうやって肩をすくめる。
「確かにオレはあとから先輩にも教わってるから元の味自体は別物だからな……。その点先輩に頭から教えてもらった奏音ちゃんは先輩の味に近くなるということか」
冷静に考察していく。その言葉に気になったものを見つけ尋ねる。
「あれ?二人とも同じ人から教わってたとかじゃないんですか?元いた店は一緒だと言ってましたし」
「あぁ。店は同じだけど師事していた人は違うんだ。そもそも、僕は最初からバリスタだけの修業をしていたんだけど」
「オレはもともとパティシエやってたんだよ」
「パティシエ?それってあの、お菓子つくりの」
「そうそう。そのパティシエ。意外と多いんだよ?パティシエからバリスタに転向する人も」
「あぁ。だから僕もそういう点もあって益岡を引き抜いたんだ。知っての通り僕は料理はからっきしだから料理や創作デザートなんかに造詣深い人がほしかったんだ。丁度益岡もバリスタ転向をし始めた時期だったしな」
「なるほど……。そうなんだ」
「もともとパティシエっていうのは知ってたけど、そんなことがあったんだ。それは初耳だったな」
京も初耳だったらしい。どこか感心したように呟く。
「じゃあ、奏音ちゃんは先輩の元でコーヒーを学んで、オレの元で料理学んだら先輩のコーヒーの味で色々できる可能性があるね」
「いや、そもそも私バリスタになる気が……」
と、そこまで口に出すが本当のところどうなんだろうか。もとから普通科の学校に通っていたこともあり周りに流される形で大学に進んだ。その中でもまだ興味のあった心理学を専攻しているが……将来なにになりたいとか、そういう明確な夢はいまだに持っていない。
夢に向かって進んでいる人を見るとどこかうらやましさを感じるぐらいだ。目の前にいる英章や華央のような、夢みている人を見ると。
「まあそこらへんはさ、奏音ちゃんが決めることだと思うし、そもそもがただのアルバイトだもんね」
「そう、なんですよね」
英章の助け舟に乗っかる形で苦笑いを向ける。小さな喫茶店ということもありかなり密接な関係になっているがたかがアルバイトなのだ。
「だけど、もしバリスタになる気があるなら……本当になる気がなかったとしても少しでも興味があるなら僕が1から色々教える。もちろん、京もそのつもりだけど」
「私はパス。兄さんのせいでコーヒーについては妙に詳しくなってるけど、兄弟そろってバリスタってのもなにかね」
「じゃあ京ちゃんはパティシエになってみる?」
「パティシエっかぁ」
だが、華央の船には少し興味があるようだ。
ちょっとしたコーヒー対決のはずがまさか将来について考える機会になるということに少し驚きも覚えながらなんとなく考える。
バリスタになって働く自分を。
「お兄ちゃんのコーヒーを私がメイクして、とか」
ぶつぶつと京がつぶやくのが聞こえる。お兄ちゃん大好きっこらしいその反応に奏音は思わず笑う。
「確かに、今将来なにになりたいとかないんで……。夢の一つの選択としてコーヒーの勉強、ちょっとずつでも始めてみるのもいいですよね」
「僕はいつでも歓迎する。もちろん授業料なんてとらない。ただし益岡と一緒のレッスンにはなると思うけどね」
「じゃあ、その時はよろしくおねがいします。華央さんも、いいですか?」
「もちろん。ライバルがいたほうが面白いしね」