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美味しいコーヒーの作り方にはバリスタそれぞれに考え方がある。豆の調合、炒り時間、挽き方。また、豆をどのくらい膨らませドリップさせるかなどによっても香味が異なる。そのことは奏音も今までの経験上でわかっていた。
「よし、これでどうだ?」
コトッと二つのカフェラテを置く華央。
よい香りが立ちクレマの細かさはもちろんの事、最大の注意を払ったのだろうその色合いは美味しさを醸し出す。
「よし、じゃ酸っぱくなる前に……」
「こっちは京ちゃんから飲んで。一番公平性の高い人になるだろうし」
「わかりました」
コクッと天童兄妹がカフェラテを飲む。一番緊張した面持ちをしているのは華央だ。
「うん……」
まずは英章が小さく呟く。
「あっ、そうだ。京もだけど……、ここで味のことを言うのは禁止。他の相手のアドバイスにもなりかねないしね」
「うん、わかってるよ。はい、奏音さん」
「ありがとう」
京から受け取り一口つける。
ミルクの口当たりはよく口から鼻に抜ける香りはコーヒーそのものの味を失わせない。独特の酸味と苦味、そして後を追いかけるようにやってくる甘味は複雑にブレンドし合っている。
「……はい」
味を忘れないように何度も何度も頭に反芻させながら一息つく。
残ったコーヒーももちろん二人で半分こにしながら飲み干していく。華央は気が気でないようだ。まあ、華央にしてみれば自分の師匠に当たる英章に味を見られているので当たり前と言えば当たり前だが。
「じゃあ、次奏音ちゃんよろしく」
「はい。わかりました」
席を立ち調理場へと向かう。
今回扱うマシンはセミオートだ。フルオートとは違い豆を挽くところからやらねばならぬが今回は豆がセッティングされている。ただ、フィルターを通す際に豆をどのようにセッティングをするかによっても味が大きく異なる。一応確認をして大丈夫そうだと確信つける。
今まで得た知識、経験をフル活用をして最高のカフェラテを作り出す。
「ふぅ……」
ただのアルバイトでありバリスタを目指しているわけではないが緊張もする。
「お待たせしました、どうぞ」
カフェラテを二人の前に奥。自分が飲んでいるわけでもないのに口の中に唾液がたまるのでそれを嚥下する。
同じように全員がカフェラテを口に運んでいく。もちろん、飲み干すために自分も。
クレマは……華央より荒い。ただ香りは負けてないつもりだし、コーヒーの味も落ちていないはずだ。
「よしっ、じゃあ最後は僕だね。少し待ってて」
英章はそういうと席を立つ。するとなぜか空気が緩和して思わずほおっと息をつく。
「優勝候補だしなぁ」
「兄さんのコーヒーの味が落ちていなければ、そうですね」
「というか、それなら完全に出来レースじゃないですか」
「まあ、俺もバリスタだし……奏音ちゃんにはかなり不利だよね」
華央も笑って答える。
「そうやって調子に乗ってると奏音ちゃんに抜かれるかもしれないぞ?」
「って、先輩。はやっ」
「いつも通りだ。あまり時間かけすぎても一流とはいえないからな。よしっ、飲んでみてほしい」
コトコトッとコーヒーを置く。そして順番に飲んでいくが……。正直圧倒的だった。
『一杯のコーヒーはインスピレーションを与え、一杯のブランデーは苦悩を取り除く』
これはあのベートーヴェンが残した言葉だが確かにこのカフェラテはインスピレーションを与えられるような刺激がある。
深い味わいのそれは本当に自分たちがいれたカフェラテと同じものなのかと疑いたくもなる。
先ほど自分が飲んだコーヒーが不味く思えるほどにだ。
「さて……、じゃあ誰に投票するか決めました?」
京が代表するように尋ねる。
「うん」
「決まってるよ」
「僕も……。さっきカフェラテ作ってる時に決めた」
奏音らにしてみれば誰が一位なのかは当たり前のように決まっている。なので注目すべきは英章がどちらに指をさすか、だけども。
「じゃあ、せーのでいきますよ。いっせーのーせ」
京の声の元に一斉に指をさしあった。




