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「それで急にエスプレッソマシンなんか持って帰ってきたのね」
あれから数日。時折暇な時間にフリーポアラテアート、そしてデザインカプチーノの練習を見てもらっていたがある日、英章にこれ上げるよと渡されたのがエスプレッソマシンだった。
一つ古い型で実際に店で出すのだとしたら確かに味が劣るものがある。だが手入れはきちんとされているので家庭として飲むのであるのならば無問題だろう。とは英章談だ。その時のことを思い出す。
『えっ?でも悪いですよ』
『いや、もううちでは使ってない奴だからね。もったいないから捨てられずにいてさ。華央はもちろん持ってるし、茉奈ちゃんは家ではあまり飲まないらしいからさ』
『それで、私に?』
『うん。そう』
『嬉しいですけど……本当にいいんですか?』
『もちろん。もらってやってよ』
という言葉に押されもらうことにした。その時京にそんなに重い物持たせて帰るつもりなの?と突っ込まれて焦ってはいたが。
家まで運ぼうかという提案はさすがに申し訳ないと辞退し袋に入れて持って帰ることにしたのだ。正直少し重かったがまあ、心は軽かったのでよかったとしよう。
「うん、もらっちゃった。あっ、焙煎済みのコーヒー豆もついでにもらってる」
エスプレッソマシンは抽出の際に手でハンドルを回す手動式、豆は自分で挽いてからセットし自動でお湯を注ぐセミオート。そして豆を挽くところからやってくれる全自動となる。奏音がもらったのは全自動タイプだ。
なお、コーヒー豆はすでにセットされてある。これも込みでもらったことになる。だが、この豆が無くなったときは買わなくてはならないが、そこは英章を通じてセンブリで買うつもりだ。センブリはコーヒー豆の販売もしている。
「なるほどね。一杯、お母さんに淹れてみてよ」
「わかった……えっと、コップは……」
フリーポアラテアートには向いているコップがある。それは口の広くボウル型になっているものだ。できるだけその形状に近いコップを探し出し、これも古いものをもらったピッチャーも取り出す。
英章に比べたらだいぶ劣る一つひとつの行程をこなしていき良い香りのエスプレッソができる。コーヒー豆がいいのもあるがクレマもよいものだと感じさせる。
「よしっ、後は」
続いてミルクのスチーミング。冷たいミルクを高温蒸気によって温めていく。
大きな泡をつぶし泡を整えるのも忘れない。
「最後は……」
母の前にエスプレッソを置いてピッチャーからミルクを注ぐ。ミルクを表面に浮かせるのも大変な作業ではあるがそれも少し慣れてきた。後はその瞬間を見極め、そしてピッチャーを細かく左右にふり最後に真っ直ぐ線を引く。
「はい、どうぞ」
「あら?すごいじゃない」
そこに描かれた葉っぱに驚きの声を上げる。練習していることを言ってなかったので驚きだったのだろう。
「ふふっ。ほらっ、酸っぱくなる前にどうぞ」
「うん、もらうね」
表面に立った葉っぱを壊さないようにそっと飲み始める。コクンコクンと胃に通していく。
「美味しいわね」
「まあ、豆もいいのつかってるからね」
「そうみたいだけど……。とにかく、我が家のバリスタは奏音で確定ね」
「ば、バリスタって」
その過大評価に思わず笑う。専門にそういったことを勉強しているならまだしも奏音はコーヒー学とは全く関係ないただの心理学性だ。
「にしても、急にバイト始めるって言い出したときは少し驚いたけど」
「周りもバイトしてる子多かったし、雰囲気によさそうな店だったから」
「えっと……センブリ、だっけ?一度見に行かないとね」
茶化すようにいう。
「もう、ちっひーと同じこと言ってるし」
頬を膨らませて異議を唱える。ちっひーが誰かに似ているとは常々思っていたがそれが母だったとは。
「まあ、機会がなかなかないだろうけどね。ともかく、美味しいわよ、これ」
「はいはい」
気恥しさを覚えつつ奏音は生返事で返した。