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「お疲れ様でした」
業務を終えて私服に着替え終えた奏音は同じく帰り支度をしていた英章に声をかけた。京は先に上がっており華央は店内の掃除、茉奈はまだ着替えている最中だ。
「あぁ……お疲れ様。仕事には慣れた?」
バッグをいじっていた英章は顔を上げて奏音に声をかける。
「まぁ、それなりには」
「そっか。ならよかった」
そういってさわやかに笑う。
その姿にしばし見惚れる奏音。
「どうかした?」
「あっ、いや。別に。そ、そうだ。あの、ずっと気になってたんですけど、なんでココアを置いてないんですか?」
言葉の逃げ身道を探しているとふと思いついた質問をしてみる。
「ココア、か」
だが、声のトーンを変えて少し遠くを見るような顔をする。
「英章さん?」
「ココアは苦いから、かな」
「えっ?」
そうして絞りだした言葉は奏音の予想を大きく裏切るものだった。甘いものであるはずのココアを苦いと称したのだ。
「……奏音ちゃんは、コーヒーとか好きなの?」
そうして露骨に話をかえられる。ここであえてその理由を聞くほど奏音もヤボではない。
「そう、ですね。ブラックは苦くてまだ美味しく呑めないですけど、コーヒー事態は好きですよ。子どもっぽくてすみません」
舌を出してそう笑う奏音。
「そんなことないよ。いろんな飲み方があって当然だし」
「そうですか?なんか、嫌がる人もいますし。英章さんは気にならないんですか?」
「全く。自分にとって最高でも他の人にとっては最高ではないのかもしれないのだから。それならその人の中の最高の飲み方で楽しんでもらった方がいいに決まってる」
淀みなく言い切る英章。
「苦いのが好きな人もいれば得意な人もいるのは間違いないし。そもそも舌の作りから考えるなら苦味を鋭敏に感知している、老化していない舌だから感じ取れてるわけなんだし。そう考えると本当にコーヒーの味を理解できているのはそういう人なのかもしれない。僕としてはコーヒーそのものの味を提供しているつもりだけど、飲みやすさを先頭に置くのもいいはず。口当たりがまろやかになるならミルクを入れるのも面白いし。カフェオレ一つにしたってコーヒーの美味しさを損なわないようにしつつコーヒーとの違いを表さなければならないし。それに―――って、ごめん」
饒舌に語る英章だがちょっと困ったような顔をしている奏音に気づき謝る。
「あっ、いえ。別に」
「先輩は昔っからコーヒーの話になると普段とは打って変わって饒舌っすよね」
店内にも聞こえていたのか華央が笑いながら入ってくる。
「まあ、どうもな」
「そこも尊敬できるところではありますけど、ちょっと様子を見たほうがいいっすよ」
「そうだろうな……っていや、お前には言われたくねえよ」
一瞬納得しかけた英章だが慌ててそう返す。
「確かにボードゲームの話をしている時の英章さんすごいですもんね」
「そのくせ弱いというのが面白いところよね~」
と、茶化すようにニヤニヤと笑いながら茉奈もやってくる。
「茉奈ちゃんまで……。ってか、そこまで弱くないでしょ」
「勝率だけみたら五分だけど安定した勝ちを見せるダークホースが現れちゃったからねぇ」
視線で奏音を指す茉奈。
「えっ?私?」
「ふーん。奏音ちゃんボドゲ強いんだ?」
「私は強いかどうかわかるぐらいやってないんでわからないですけど……」
「いや、奏音ちゃんは強いよ。今日のコリドールもすぐゲームの性質に気づいていたし」
「もしくは、対戦相手が華央さんだったから、のどちらかだね」
「あのなぁ~。茉奈ちゃん。やめてくれよ」
苦笑をしながら茉奈に文句を言う華央。
「確かに益岡は少し感情的になりやすいところがあるからな。それがボドゲの弱さにもつながってるんだろうな。コーヒーの淹れ方にもそれが出てる」
「うっ。先輩に言われるとダメージ大きいっすよ」
「これはボドゲを通じて精神を強くする必要性があるんじゃないの~?師匠を奏音ちゃんに持ってもらって」
「わ、私?」
「奏音ちゃんが良ければコイツの師匠してやってよ」
「ちょ、ちょっと勝手に話を進めないでくださいよ!」
困ったように声を上げる奏音。それに一同笑いをこぼす。
「でも、奏音ちゃんがボドゲ強いのは確かだよね」
「こうなったらいつか拉致っていろんなボドゲやらしてみようかな」
「茉奈さん、せめてその計画私のいないところで立ててくださいよ」
「はいはい、ストップ。これ以上奏音ちゃん困らせない」
止めるように声を上げる英章。
「まあ、気が向いたらまたボドゲ付き合ってやってよ」
「あはは。そういえばセンブリで考えるなら私を抜いてどの順でボドゲ強いんですか?」
「モノによるけど……」
英章は考えるように視線をさまよわせる。それを見て後を華央が受け継ぐ。
「運が大きくからむ、まあ人生ゲームみたいなものは茉奈ちゃんかな。戦略系のゲームは先輩。騙しあい系統のゲームは京ちゃんだと思う……あれ?オレは」
「こうして益岡華央は自ら弱さを再確認することとなるのであった」
「まってくれよ」
天を仰ぐ華央にまた笑う。そして視線を一周させたところでクスクスと笑いをこぼしている英章のその姿が奏音の瞳に止まった。