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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
デヴィッド・リンチ———『まずいコーヒーでも、まったくないよりはましだ』
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 喫茶店業務というのも案外覚えることが多い。

 基本的な接客業務はもちろん、レジ打ち。料理や洗い物……。バックヤードでの在庫処理。

 コンビニで働く友人が奏音にもいるが、彼女が言うにはコンビニはマニュアル地獄だという。レジ打ちはもちろん在庫の管理、揚げ物の管理や冬場ならおでん。またはマルチに展開しているため電気料金や宅配の受け取り、コピーの紙がきれたといった良質なクレームから悪質なクレーム、万引きの対処等。覚えることが山ほどあるという。

 それらに比べればまだ小さな喫茶店。わからないところは先輩にあたる京や茉奈、副店長の華央など頼れる人物が身近にいることはかなり嬉しいことだった。

「えっと、こうなって、こうなるから……こっちかな」

 休憩時間に華央と共にボードゲームに興じる奏音。ホールには京がおり客の数はほとんどいない。

 二人が興じているのはコリドールというゲーム。

 ルールはシンプルで9×9マスの盤上をにあるコマを端から端まで移動させた方が勝ちというゲーム。アクションの順番は交代せいで駒を縦、横のどれかに一つ動かすか手持ちの板を用いて進路を封鎖する二つがある。封鎖された進路は駒を動かすことができくなる。ただし、完全に到達不可能な形に板を配置するのはルール違反である。逆に言えばどれだけ遠回りでも到達可能ならばどのような置き方をしても自由なのだが。また、板の数は二人プレイの時は10枚なので考えておく必要性もある。

 駒どうしが隣り合った場合は相手の駒を飛び越えることが可能だ。シンプルだが頭も使いさまざまな戦法もあるのが特徴のゲーム。初心者の奏音にも十分勝てるものだ。

「にしても、奏音ちゃんってボドゲ強いよね」

「そうですかね?」

 コトコトっと駒を動かす。奏音の残り板は3枚、対する華央は1枚。だが華央のほうがゴールまで近い位置に駒が存在しているためほぼごぶといったところだ。

「経験がものをいうボドゲとかってあるんだよね。人狼とかは経験上というのもあるし」

「あぁ、蹄跡とかありますもんね」

 ゴールへの道筋を一つつぶす。その瞬間にタラリと冷や汗が流れ落ちる華央。

「そう。だからその蹄跡を守ることが結構プレイを重ねてきたら自然になってくるんだけど、奏音ちゃんの場合はそれを守りながらうまいところで壊すんだよね」

「あんまり蹄跡とか気にしませんけど……。ビギナーズラックというやつでしょうか。蹄跡を知らないからこそおかしな行動をできるという」

 華央は最後一枚の板を奏音視点から見えている2つゴールへの道筋の内近い方をつぶすのに使う。対する奏音はそれをわかっていたように冷静に1マス戻る。

「まあ、もっとうまくなればそういうのも上級者がやるんだけどね」

「裏をどれだけ読めるか、ですもんね」

「……奏音ちゃん、気づいてる?」

「5ターンほど前からこの勝ち筋は見えてました」

 奏音が置いた板はゴールへの道筋を大きく閉ざす。そしてこの状況は完全に誘い込まれた状況のものだった。今、あわてて駒を動かしたところで、次のターン奏音が板で道を塞げば華央がゴールへ行けるようにするには3マスほど戻らなくてはならなくなる。その時点で互いの板の数は0。そして最短距離のゴールへの道筋は奏音の方が近くなる。

「はぁ……負けかぁ」

 グゥーと背中を伸ばしながら華央が告げる。ビギナーだからと油断していた部分も多くあるがそれ以上に負け筋をほとんど考えていなかったのが敗因だ。

「相手の置いた板を利用する戦法を最初に華央さんがやったじゃないですか?」

「あぁ……。始めの方にやってたね」

 それはゲーム序盤の出来事。奏音が置いた板を逆利用され奏音の道筋をつぶしていったことにある。ただし、そこで華央は考えるべきだったのかもしれない。

「でも、その時点でそういう手法もあるってしれたし、それに華央さんの板が少なくなっているのを見てうまく利用できるかなって」

「途中、なんでそこに板置くのかなって思ってたけどこの勝ち筋を残したかったんだ」

「いえ、あれは偶然ですね。その時点で考えられる負け筋の一つをつぶしてみようと思ったらって感じです」

「なるほどねぇ」

 苦笑いを浮かべる華央。まさか自分の行動がそうやって尾を引くとはおもってもいなかった。

「こんにちはー」

 もう一戦やる時間は無かったのでコリドールを片づけていると扉が開きウインドブレイカー姿の茉奈がやってくる。

「茉奈さん。こんにちは」

「うん。あっ、それやってたんだ。どっちが勝ったの?」

「奏音ちゃんの圧勝だよ」

「圧勝ってほどではないですけど……」

 そう小さく訂正を加える。確かに罠にはまっていなければ華央がワンサイドゲームを展開していただろう。

「そういや、茉奈さん。今日はだいぶ中途半端な時間に来ましたね」

「あぁ……。ちょっとサークルでね」

「サークルやってるんですか?」

「うん。ブラインドサッカーでプレイヤーやってる」

「ブラインド……?」

「視覚を使わないサッカーのこと。だから目隠ししてプレイしているんだよね」

「へー」

 思わず感心する。目隠しで歩くだけでも怖いのにサッカーをするのかと。

 元は視覚障碍者用に作られたサッカーだ。ただし人数の関係上練習などでは晴眼者がプレイヤーをすることも少なくない。

「かたやボドゲ、かたやサッカーか。なんか、オレがなさけないな」

 そういって線の細い体をさらに細くさせて華央は笑う。

「よーし、奏音ちゃんも今度サッカーやろっか」

「私ですか!?」

 突然降られ思わず大声を出す奏音だった。


コリドールの正式ルールは異なる可能性があります。ご了承ください。また、これより以降説明するゲームのルールも同じく異なる可能性があることもご了承ください。

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