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ものすごく忙しい。そういうことは無く奏音は笑顔で客の相手をしていく。この濃く漂うコーヒーの匂いが心地よさも覚えるので仕事が苦ではなかった。
「これっ。3番テーブルに」
「はい」
英章にブルーマウンテンとキリマンジャロを渡される。どちらも酸味、苦味が程よく調和されており最高級と呼ばれる豆だ。
ここで働くようになってからある程度コーヒーの知識も奏音は仕入れるようにしていた。その結果わかったのはコーヒー豆は手間暇かけて作られているものが多いということだ。
「お待たせしました。こちらキリマンジャロです」
軽く手を挙げたほうの人へキリマジャロを、もう一人のほうへブルーマウンテンを置く。
「ごゆっくりどうぞ」
笑顔で伝え制服であるスカートを翻して次の客の元へ行く。
「ご注文は?」
一名客の男性だ。先ほどやってきて注文がまだ決まっていなかったようだったが、今はもう決まっているのか店員を捕まえようとしてキョロキョロとしているのを奏音は視界にとらえていた。
見たところ大学生の様でノートパソコンを持っている。なにか資料でも作る場所を探していたのかもしれない。
「えっと、アメリカンコーヒーで」
「アイスと、ホット。どちらにしますか」
手慣れてきたこの質問。前もってアイスかホットか言ってくる人もいる。それは感覚だが半々ぐらいの気がする。まぁ、元からホットしかないものもあるからそれを抜いての計算だが。
「コールドで」
「……はい?あっ、えっと」
一瞬時が止まったかのような錯覚に陥る。まさしくコールド……じゃなく。
「あっ、アイスです。アイスです」
「アイスですね」
奏音は笑いそうになる唇をかみしめて頭を下げる。言い間違えたらしいその客は「あぁ、また……」と呟いていた。
「すみません。5番テーブル、アメリカン、アイスです」
「了解。すぐ淹れるよ」
英章が中から声を出す。服装は制服のそれだが髪形などはおしゃっれぽい。妹の京曰く、これもまた雑誌そのままましいが。まぁ、おしゃれに全く気を使っていないという訳ではなく、おしゃれはする気はあるがそれに時間を割くつもりはないということなのだろう。
「いろんなお客さんいるでしょ?」
「えっ?あぁ。そうですね」
話しかけてきた華央に苦笑いで返す。先ほどのコールド事件のことを言っているようだ。
「けっこうプルプルしてたから気になって」
「やっぱり、こういうことってたまにあるんですか?」
「注文の言い間違いやあと方言?とかで聞き取りにくい人とかね。今でもたまにあるのがアイスコーヒーを冷コーって呼ぶ人とか」
「冷コー?」
「うん。昔の言い方だね。もう死語だけど」
そんな言い方があるのかと一人頷く。
「おまたせ、これ5番さん」
「あっ、はーい」
英章にグラスを渡される。
「ちなみに、冷コーは今でも大阪の中高年層では使ってる人もいるみたいだよ」
そして受け取る途中に補足をされる。ということは大阪のお客さんがくれば冷コーと頼む可能性もあるというわけだ。
「おまたせしました。アメリカンコーヒーです」
あえてアイスという表現を使わずに差出す。なんだか厭味ったらしくなっていも申し訳ない。お客さんは小さく会釈をするとパソコンをカタカタと打ち出す。ちらりと見えた画面にはよくわからない数字が踊っていた。
そこからしばらくは客の出入りもなくなったので皿洗いなどの手伝いを開始する。
「華央さんはこれまであってきた中で一番変わった人っているんですか?」
皿を拭いているか華央に暇つぶしもかねて尋ねる。
「うーん。一番変わったで言えば先輩かな」
「英章さん?」
「うん。あの人は変わってる」
そういって忍び笑いをする。
「先輩も下積み時代というのがあるわけなんだけど、なんていうかな、ことドリンクに関しての飲みこみは早いんだけど……食べ物がね」
「あー、なるほど」
確かに料理に関しては全く手出しをしようとしない英章を見ると変わっている表現も納得できる。
「コーヒーの方が難しいと思うんだけどなってオレは思うわけ」
「そういや、なんで英章さんのこと“先輩”って呼ぶんですか?」
「あぁ、言ってなかったっけ?さっきも言ったけど先輩の下積み時代の時に働いていた店。そこでオレも働いていたんだよ。んで、その時からお世話になってたこともあって先輩が独立するときにオレもついてきたって感じ。だから京ちゃんを除けば一番先輩と付き合いが古いんだよね」
そういって少し得意げに笑う。
なるほど、茉奈が自分の歓迎会の時にBLといったことが少しわかる。そう感じる。
「ん?どうしたの?」
「いえっ。よし、今京ちゃんしかいないみたいですし先にホール戻っときますからね」
ピッピと水を払って奏音は華央に伝えた。




