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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
セーレン・キルケゴール———『とにかく、私はコーヒーを高く評価している』
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フカフカのベッドに横たわる。初めてのバイトは、楽しかった。その感情が奏音に響く。

あれから、茉奈と別れ家についた時間は9時となっていた。そこで手を洗い、鞄を放りだすと奏音の身に、忘れていたはずの疲労が遅れてやってきた。

思いのほか初のアルバイトというものは疲れていたらしい。いや、もしかしたらアルバイトそのものよりもその後の打ち上げで疲れたのかもしれないが。

「楽しかったな」

 フフッと枕に顔を埋めたまま呟く。実際に漏れたのはモゴモゴという音だったが。

「プハッ」

 枕から顔を離して息を吸う。それと同時にあくびが一つこぼれる。

 そういえば今日の夜はミキちゃんオススメのアニメの放送日だ。どうしようかと考えつつ見る誘惑を却下する。眠気の方が体を圧迫する。

「その前に……」

 このまま本格的に眠りにつきそうになるのを耐えるように頬を叩く。

「あっ」

 またやってしまった。やはり急に癖を一つなくすということはできないらしい。自分自身に苦笑いをこぼしながらお風呂場へと向かう。

 サイドテールにくくっている髪をとき脱衣所で服を脱ぐ。その時服に少しついたコーヒーの匂いがセンブリにいたという事実が訪れる。

 キュッと蛇口を開けシャワーを浴びる。熱いお湯が四肢にわたり体を温める。

「ふぅー……」

 髪がしっとりと濡れていく。肌がお湯にはじける。ふと視線を胸に落とす。

「そういえば……茉奈さんのって」

 気にしていなかったがふと思い出すとうらやましくもなる。別段胸の大きさを気にしたことは無かったし大学のメンバーでも自分は小さい方ではなかったはずだ。もちろん巨乳と呼ばれるほどではない。

 だけど、茉奈さんのは……。やっぱり男の人は胸が大きい人の方がいいのか。英章はどちらの方が?

「って」

 何考えてるんだろうと頭を振ってお湯から水へと変え熱を奪い取る。生理前で発情でもしていたのだろうか。

「うぅ~。考えるの止め止め」

 ぱっぱと体を洗いトリートメントをつけて風呂場から出る。センチメンタル、ではないがこのままこの状況で長々と風呂場にいるのは何か良くないような気がした。

「そういえば」

 ガーとドライヤーの熱風を浴びせながらお腹の減りに気付く。打ち上げと称してちょくちょくと何かをつまんではいたが食事という食事はしていなかった。

 しかし今更という気分でもある。眠気に勝るほど体が食を求めているわけでもないが、妙にしこりが残っているのだ。

「なにかあるかなぁ」

 ガサゴソと一階のキッチンを探る。そこにあったのは数枚のクッキー。これでいいやと奏音は手に取り戸棚からココアの元を取り出す。

 コーヒーは好きだ。だがしかしココアには個人的には負けている。ココアが一位なのだ。といってもインスタントなので店のそれとは到底くらべられないのだが。

 小さな盆にのせて自室へと向かう。そして一冊のノートとペンを取る。

「こういうのつけてる人ってどれくらいいるのかなぁ」

 クッキーをかじりながら頭を働かせる。

 今日の日付、及び天気をつける。いわゆる日記だ。といっても特にしるすものがない場合は何も書かないこともある。だが今日はやはり書くべきことがたくさんある。

「華央さんも面白かったし、京ちゃんの意外な一面ものぞけたし……。意外という意味では茉奈さんが福祉系の勉強をしているというのも驚きだったな」

 思いのほかスラスラとペンが動く。思い起こすという行為のおかげで面白く記憶の整理と共に再生される。もちろん、読みかえしたときに懐かしさを覚えるというものもある。大学に入ってからなので対した量は書かれていないが。

「そうだ」

 そして最後にはいつも小さな目標を書くことにしている。それはなぜか?小さな夢を少しずつ叶えることで自分自身を勇気つけたいからだ。

 そして今回の目標は、恐らく自分の力だけではどうしようもないことだ。茉奈さんが店の経営方針に色々口出しをしているように、いつか自分もそうできるようになったらいい。客に対する心理学を学んでいるわけではないが、少しでも役に立てることがあるかもしれない。

 そして、最後に。店のマスターの、英章の作るココアを飲んでみたい。

 インスタントのココアをすすりながら奏音は微笑んだ。

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