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ココアのない喫茶店  作者: 椿ツバサ
セーレン・キルケゴール———『とにかく、私はコーヒーを高く評価している』
11/105

4

「うぅーん、楽しかった~。奏音ちゃんはどうだった?」

 センブリからの帰り道。駅のホームで茉奈は大きく伸びをし、隣にいる奏音に話しかける。

「はい、楽しめましたよ」

 ニッコリと笑う。その言葉に嘘はない。

 最初はただたんに雰囲気のいい、美味しいコーヒーを出す店だな、その程度だった。しかしその雰囲気に惹かれアルバイトを決意したことは決して間違いではないと、そんなことをもう感じれるようになっていた。

「そっかぁ、よかった」

 ふふっと優しく笑う。

「そういえば奏音ちゃんは大学生だよね?何大だっけ?」

「水城大です」

「あー、水城か。ここから近いもんね。センブリも偶然見つけた感じ?」

「そうです。あの、茉奈さんは?」

 会話を発展させようと問い返す。

「アタシ?アタシは牧野まきの大」

「ま、牧野ですか!?」

 驚きで声を上げる。

「意外?」

「はい」

 奏音の声にクスクスと笑い声をあげる。このような反応をされるのは日常茶飯事なのだろう。少し手慣れた感触だった。

 私立牧野大学は国公立大学並みの、いやそれ以上の偏差値を誇るAクラスの大学。文系、理系両方の学部をもち志願者数は私立で1、2を争う。著名人も各種排出しており憧れの大学の一つとして数えられるものだ。

 その牧野大に茉奈がいたという驚きはそこそこ大きかった。もちろん茉奈の事を馬鹿にしていたわけではない。だが何となくのイメージで牧野大の人はもっと堅いイメージがあったのだ。

「といってもさ、私なんかは推薦入試組だし、順位も絶対に上の方じゃないからそんなにすごいということでもないんだけどね」

「十分すごいことだと思いますけど」

「んー?そうかな。ありがと」

 そういってケラケラと声を出して笑う。

 よく笑う人だなーと奏音は感想を抱く。きっと彼女は本当に自慢をしたいとかそういうことではないんだろう。

「あっ」

「はい?」

「ちょっとごめんね」

「えっ?」

 なにかを見つけたような茉奈の声。そして奏音が何かをいう前に足早にどこかへと生き、それを茫然と見つめる。

「あの、すみません」

「はい?」

 茉奈はホームにいた青年に話しかける。

「もしかしてですが、これ落としましたか?」

 そっと茉奈はホームに落ちた鈴のついた定期入れを持ち上げそして手を取り渡す。

「あぁ、ありがとうございます」

 その落とし主の男性は少し驚いた素振りを見せながらお礼を告げる。その右手には白杖はくじょうが握られており彼が視覚障碍者であることを表していた。

「いえいえ。大変ですよね、こういう時って」

「鈴をつけていたので落としたことにはすぐに気づけたのですけどねぇ」

「やっぱり音の出る物って便利ですよね。そういえばどちらまで?」

「二つ先の○○駅まで」

「あ~、反対側か~。そろそろ来るみたいですよ?」

 電光掲示板をちらりと見て茉奈は伝える。

「おお、そうですか。なにからなにまでありがとうございます」

「いえいえ。お気をつけて」

「はい」

 男性は少しずれた方向へお辞儀をしてカンッカンッという音を鳴らしながら歩みを再開し奏音たちとは反対側の乗車位置についた。

 茉奈はその様子を確認するよりも先に奏音の元へと戻ってくる。

「優しいんですね」

「んー、別に。たまたま気づいただけだし」

 謙遜するでもなくそう伝える。

「でも、そっか。なんとなく目が見えない人って盲導犬を連れてるイメージだったけど、連れてない人もいるんですね」

「あーうん。奏音ちゃん。日本の盲導犬の数ってしってる?」

「えっ?5000頭くらいですか?」

突然の切り替えしに少し戸惑いながら適当に答える。

「ううん。今現在で言えば1000頭にも満たないんだって」

「えっ?少なくない、ですか?」

「そう。それに手足の障碍等がある人がパートナーとする介助犬はおよそ70頭。聴覚障碍を介助する聴導犬はさらに少なくて50頭ぐらいしかいないの。奏音ちゃんが言うとおりそれぞれの障碍者に一匹一匹配れることができたらいいんだけど、実際はそうともいかないのよね」

「そうなんだ」

 中学か高校かは忘れたが奏音の学校にも盲導犬を連れての授業というものがあった。正直内容はほとんど忘れ、なんとなくゴールデンレトーリーバーって賢いんだな、程度しか記憶にない。だからこそ、こんなに少ないという事実に驚きが隠せなかった。そして何気に茉奈はいったが、聴導犬というものがいるということを奏音は初めて知ったのだった。

「しかも、そういった盲導犬などを連れていると来店拒否をする飲食店なんかもあったりするし……そこまで優しくないのよね」

「そっか。飲食店だと衛生的な問題で連れられないんですか」

「本当のことをいうと著しく影響を及ぼすだとか、よっぽどのことがない限り拒否はダメなんだけどね。そういったことが知られていない事実ってのがあるのよね」

 反対ホームに電車がつく。数人の客を吐き出す。白杖の彼は電車に乗り込んだようで、すでにホームからいなくなっていた。

「詳しいんですね」

「うん。アタシそういった福祉系の勉強しているからね。自然と知識はつくよ。だからセンブリの運営方法とかには結構ケチつけたりしてるんだよね」

 テヘペロという音がつきそうなおどけた感じで舌をだす。

「センブリの?」

「そう。できるだけバリアフリー化してみるだとか、点字の導入、は難しいみたいだったから視覚障碍者がいらっしゃったらメニューは言葉にして伝えるとかね」

「なるほど……」

 感心し少し憧れに満ちた目で茉奈を見る。

「あはは、少しはずかしいかな。あっ、電車くるよ!」

 誤魔化したように笑いながら話をうちきる茉奈に根は真面目な人なんだなと感想を抱いた。

盲導犬などのデータは2015年3月のものを使用いたしました。変動などはどんどんしていくと思います。

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