プロローグ
いらっしゃいませ。ごゆっくり楽しんでください。
ココアのない喫茶店。開店です。
青緑色の木々とクリーム色や灰色の建物が立ち並ぶ街並みの一角。そこに喫茶店センブリがありました。いえ、ありましたというのは違いますね。喫茶、センブリはあります。センブリはそこまで大きくはなく、駅からも少し離れているため初見の人が訪れるのはなかなかない、隠れた名店、とでもいうのでしょうか。そのような雰囲気のお店です。
「いらっしゃいませ。一名様ですね。こちらへどうぞ」
カランカランとドアの開閉にそって、一人のお客さんが入ってきます。買い物の帰りでしょうか。中年の女性はレジ袋に野菜や食べ物が入ったものを持っています。
お客さんは誘われるがまま、7つに並んだカウンター席の一つに腰掛けます。センブリは4席がけのテーブルが4つ、カウンターが10あり、うち7つが窓からの風景が見られるように並んでいます。残りの3つはというと、壁があるだけでとくには何もありません。ですが逆に人目につかなくていいとそこを選ぶお客さんも少なくはありません。本を読むなどでしたらそちらの方が向いているのでしょうか。
「ご注文は?」
「アイスコーヒーで」
「かしこまりました」
頭を下げるのはこの喫茶店でアルバイトをしている大学生の少女、二谷奏音。奏音は注文を伝票に書き留めるとすぐに奥のマスターに声をかけます。
「アイスコーヒー一つ」
「はい」
マスターは答えます。マスターといってもその正体は20を少しすぎた若い男。名前は天童英章。
英章は豆から丁寧に引いたアイスコーヒーを、美味しくなるように最善を尽くしながら淹れます。
自分にとって今日何回目かもわからないコーヒーを淹れる仕事だとしても、大抵のお客さんにとっては自分の淹れたコーヒーを飲むのは今日は初めてなんだから、きっちり淹れなくてはならない。
これは英章の言葉であり、この店を出すにあたって決めたことです。その信念もあって英章はこの店を出すということで言えばあまりよくない立地にもかかわらずに、ここに店をたてたのです。人が多くなりすぎないようにと。
「お待たせいたしました」
コトッとコーヒーを彼女の前に置きます。シロップや砂糖、ミルクは各テーブルに設置されてます。もちろん、かき混ぜ棒やストローもあります。というのも、中にはミルクやシロップをたくさん使いたい人もいるだろう。そのお客さんにとって最高の状態のコーヒーを召し上がってもらいたい。自分にとって最高でも他の人にとっては最高ではないのかもしれないのだから。これもまた英章の言葉です。その信念にの取っての事なのですから。
店内に薄くかかるクラッシクのBGMを響かせながら時間がたちアイスコーヒーを飲み終えたそのお客さんはレジへと向かいます。
「450円です」
「はい、ちょうど」
「ありがとうございます」
「御馳走様、おいしかったわ」
お客さんは笑いかけセンブリを後にしました。そのお客さん以降、他にお客さんも入ってきていなかったので、このセンブリにいるのは従業員だけとなりました。
奏音は大きく伸びをして英章に話しかけます。
「ひとまず、忙しい時間は抜けましたね」
「どうせすぐにまたバタバタすることになるんだけどな……」
「仕込みはマスターさんの仕事ですから」
「そうそう。頑張ってよ、マスター」
そんな風にウインクを投げかけたのは金里茉奈。奏音と同じくここでアルバイトをしている従業員です。他に二人ほどアルバイトと従業員がいるのですが……それはまたいつかお話しできたらいいでしょう。
「二人ともこういうときだけ僕をマスターって……。いいけどさ」
「クスクス。冗談ですよ。いざとなったら料理の方は私もヘルプはいりますから」
「アタシは料理できないからパスねー」
「茉奈さんできるでしょ?」
「やる気の問題でできないっていうこと」
「……そこまで忙しくはならないと思うから、今の内にどちらか休憩入っておいて」
「じゃっ、アタシ休憩もらうねー」
そうして奏音の返事を待たずしてバックヤードへと戻って行ってしまいました。そんな茉奈に、いつも通りかとため息を吐く英章。いまさらどうこう思わないが少しは疲れるようです。
そんな英章と茉奈のやりとりに少し笑ってみていたら、また扉が開きました。お客さんは二人のようです。
「いらっしゃいませ。喫茶センブリへようこそ」
この小説は次回からは通常の三人称型の小説となります。
更新頻度は2015年10月いっぱいは不定期に1~3日置きで更新いたします。それ以降につきましては未定です。
それではまたの起こしをお待ちしております。