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第2話 塵屋敷

 てっきり、ついてくるな!とでも言われるのかと思い身構えてたいたわけだが、全くそんな気配はなかった。寧ろ、至る所で嘲笑される僕を気遣ってか教室には寄らずに校舎を後にする。

 バスに乗り込むが校門まで十数分は要した。大きいと言っても限度があると思う。

 三十分ほど車に揺られると街の外れに到着する。そこから坂を三百メートル程登った場所にその屋敷はあった。

 僕の今住んでいる屋敷ほどではないが、それなりの大きさがある。

屋敷に入り応接間に座って待つように指示される。応接間はとても女の子の住む家とは思えぬほど質素でしかも、とても汚かった。

 テーブルにはカップラーメンの空が散乱している。食べ掛けで腐ったハンバーガーモドキに、緑ゴケの培地と化したコッペパンなどもご丁寧に床に放置されていた。さっき黒い小さな影が動いたのは錯覚だと信じたい。

 どうでもいいが女の子が下着をこんな場所に脱ぎ捨てておくのはどうなのだろう。せめて洗濯籠に入れるべきだ。

 朱花と顔がくりそつなら、こんなところもしっかり似ていて欲しいものだ。


(……ちょっと待て。何で僕、怒ってるんだ?)


 足の裏で床を叩いていたが、そんな当然な疑問に眉をしかめる僕。


 私服に着替えた紅葉がリビングへ入って来た。

 白に黒の縦縞が入ったワンピースに赤いズボン。まさか服の趣味までそっくりだとは思わなかった。これもアルスの仕込みなのだろうか?


「巻き込んでしまって、ゴメンなさい!!」


 椅子に座ると額が付くくらい頭を下げて来た。彼女は召喚が失敗したと思っている。あの落ち込みようから察するにあの召喚術は人生を掛けた勝負だったのだろう。僕も少し前までそんな気持ちで実習を受けていたのだ。その気持ちはよくわかる。てっきり仏頂面で文句の一つも言うと思っていたのだ。 

 呆気に取られてポカーンと阿呆のように口を開けていると、彼女は僕が怒り心頭と勝手に判断して話しを明後日の方へ進め始める。


「許されるとは微塵も思っていない。この罪滅ぼしは私ができることなら何でもする」


 まただ。彼女を僕はまだほとんどしらない。知ったかぶりもいいところなのに、僕は彼女のこのセリフが彼女らしからぬ物言いに感じていた。その自らを容易に犠牲にする態度に激しい憤りを感じていた。だから――。


「何でもする? 今の君にその価値があるとは思えないね」


「……あなたが来た場所に帰るための情報を集める」


「本当に君に集められるの?」


「祖父に頼めば――」


「それは君の力じゃないだろう? なぜそこで他力本願の話がでて来る」


 イライラする。もしあの女ならそんな台詞口が裂けてもしないのに――大体、僕が欲している答えなどそう難しい事じゃないだろう。なぜそれがわからない?

 

「この『真赤玉』、宝石としても高価よ。少なくとも一個、数千万――」


 真っ赤な石を二個テーブルの上に置く。


(紅石、しかも最高クラスのΩか……)


「それも君自身の力じゃない。それにそんな数千万の宝石、個人の君が所持している道理はない。大方君のお爺さんに世話してもらったものだろ?」


しかめっ面で腕を組んで考え込んでいたが、急に僕の顔を見ると顔、そして全身を紅潮させていく。


「わ、私の……か、か、身体?」


 己の身体を抱きしめつつも嫌悪感たっぷりの視線を向けて来る紅葉。前にもこんなことあったなと苦笑しつつも、肩を竦めて首をゆっくりと振る僕。


「君のその貧相な身体を? 冗談だろ。想像力豊かなのには素朴に感心するけどね。僕はそこまで趣味は悪くない。頼まれても願い下げだよ」


 吐き捨てるように言う僕の言葉にピシリと紅葉の表情に亀裂が入る。射殺すような視線を向けて来ている事から察するに、どうやら僕の一言は彼女の禁句(タブー)に該当したらしい。


「じゃ私にどうしろと!?」


 彼女の声は硬く、怒りを含んでいる。所謂、逆ギレというやつ、いや、癇癪と言った方が正確か。僕が挑発しているのもあるとは思うが、此奴、餓鬼だな。


「だから僕はそれを聞いている。疑問を疑問で返すなよ」


 下唇を噛みしめる紅葉。


「私には力、財力も、権力もない。将来得られるはずの力も今日の霊獣召喚の失敗で水泡に帰した。もう私には何もない」


 癇癪の次は自暴自棄か……まさに朱花と正反対の反応。でもおかげでようやく僕も彼女を織部紅葉という一個の人間として見られるようになってきた。


「たかが霊獣召喚とやら一つ失敗したくらいでこうも簡単に諦めるとはね。君の想いもその程度ってことか?」


「あ、あんたに何がわかるの? 私の気持ちなんて――」


「ああ、わかんねぇよ。一つ失敗した程度で勝負を投げる意気地なしの気持ちなんてな」


 本心だ。彼女の内心など理解などできないし、したくはない。大体、僕が今に到達するまで何回絶望したと思ってる? 何度悔しさに涙したと思ってる? 

 この世界はアルスの箱庭だ。あのマジキチ天族なら想像を絶する過酷で残酷な試練を嬉々として用意しているはずだ。この試練にもならない障害で諦めるような決意でこのアルスのゲームなどクリアできるものかよ! 


「い、意気地なし!?  私がっ!?」


「でなければ敵前逃亡を図る。卑怯者かな」


「~っ!!!」


 バンッと両手で机を叩くと顔に憤激の色を濃く漲らせながらも、リビングへ出て行ってしまった。


「で? そこにいるのはわかってます。出てきたらどうです?」


 とても堅気には見えないゴツイ爺さんと髭を生やした執事さんが応接間に姿を見せると、僕に深く頭をさげて来た。


「粗方は犬童(いんどう)から聞いた。あとは立ち聞きじゃ。孫がすまん事をしたの」


 紅葉さんに気配を探らせないところなど隠匿技術はかなりのものだが、いかんせん人間レベルだ。僕ら《妖精の森スピリットフォーレスト》レベルでは児戯に等しい。


「……謝るなら紅葉さんが為すべきです。無関係な貴方に謝れても意味などない」


「ふ~む。確かに存在感もその思考も人間とはちと違うのぉ……しかしカードの誤作動など信じられんのも事実。む~」


 僕の爪先から頭の先まで舐め回すように観察するとご老人は髭をいじりながらブツブツと呟き始めた。


嘉六(かろく)様」


「おお、すまん、すまん。儂は泉嘉六(いずみかろく)、紅葉の祖父じゃ。

 お主はライト君でよろしいかな?」


 僕の本名はライトなどというふざけた名前では断じてないが、別にこの世界に長居をするつもりはない。呼び名などどうでもいい。


「それで構いませんよ。僕に何か用があるのでは?」


 挨拶だけなら紅葉が一緒でも何ら問題がなかった。あんなスキルを使ってまで耳を欹てる必要性も。


「良治」


嘉六(かろく)さんの言葉の直後、白髪の老人が僕の眉間にナイフを突きつけて来た。

精神が戦闘状態に切り替わり、体感時間が限界まで引き延ばされる。風を切り裂きながらもゆっくり(・・・・)迫るナイフが眉間の薄皮一枚で止まるのを確認する。


「何のつもりです?」


 今の攻撃、この世界の通常人の出せるレベルを超えていた。レベルに換算すれば二百弱の筋力による攻撃。通常人どころか、あの青髪の精霊でも真面に当たっていれば一瞬で消滅していた。それにこの感覚十中八九、五界の住人だ。しかもかなり高位の。


「やはり見切られてますか……失礼を」


 胸に手を当て僕に恭しく頭を下げると、嘉六(かろく)さんに向き合う。


嘉六(かろく)様、彼は私より強い。私が保障します」


「むぅ~」


 十数分唸っていたが、思考の渦からようやく帰還した嘉六(かろく)は明日の朝また来るとだけ伝えると屋敷を出て行った。

 大切な孫から僕を遠ざけようとしないのは僕が紅葉に危害を加えられないことを知った上でのことだ。

アルスの召喚術のせいで僕は彼女の命令には原則として逆らえない。さらに彼女への一切の危害を禁止されている。このシステムは霊獣召喚とやらにも適用されている。そう考えれば全てがしっくり来る。

 

「ともあれこの惨状なんとかしなきゃね」


 彼女が死亡すればこの世界での生涯の生活を強いられる。あの遺跡内にはグレーテルが捕らわれているし、元の世界には沙耶もいる。心底うんざりするが、当分の間は彼女とこの屋敷で生活することになる。僕は塵屋敷で生活する趣味はない。この屋敷の徹底的な清掃は不可欠なのだ


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