第3話 出会い
武台の中心には青色の石でできた祭壇が設置されており、その周囲には幾つもの魔法陣が展開されている。この祭壇は床に収納可能であり、この霊獣召喚のときだけ突出して儀式に用いられる。
犬童先生が武台に姿を現す。先刻のスーツ姿ではなく、小袖に狩衣を羽織り、浅沓を履いている。いわゆる神官姿。どうやら、開始らしい。
霊獣召喚の儀式はA組からE組の順になされる。
私はE組。最後の四番目のクラスだ。
A組の先頭バッターは見知った人物だった。
ウエーブかかっている長い茶色の髪を腰まで垂らした美しい少女。
家庭の事情で苗字は違うが、泉幸菜――私の双子の妹であり、『祓魔科』きっての秀才。
幸菜は犬童先生からカードを受け取ると、幾つもの魔法陣が描かれている武台の中心に歩いていく。
――霊獣召喚デバイサー。異界から精霊や幻獣といった超常的存在を呼び起こし、使役する。妖魔という絶対的存在に対抗するために造られた人類の希望であり、切り札。
幸菜はカードを祭壇の上の窪みに設置する。そしてその脇の正四面体の穴に青色の石のような物を入れる。あの青色の石はおそらく触媒だ。
カードが青白く発光し、それが祭壇へと伝わり、魔法陣へと伝わる。
魔法陣が浮き上がり、幸菜を中心に球状に展開される。
グルグルとゆっくり回転していく魔法陣。そして青白い光が魔法陣から放たれ、闘技場一杯へと広がっていく。
青色の光が消失し、魔法陣には一人の艶やかな長い青髪を靡かせ、その色気のたっぷり籠った肢体を青色のドレスから覗かせた女性が佇んでいた。
闘技場の観客席の上部に設置されている巨大掲示板に文字が浮かびあがる。
『■召喚者:泉幸菜
■召喚されしもの:ウインディーネ
■種族:精霊
■階位:四大精霊王
■ランク:A+
■属性:水
■許容限界使役数:残り2』
「よ、四大精霊王? ランクAは聖騎士長、いや聖王クラスでも滅多にいないぞ」
傍の教師の一人が顔をヒクくつかせながらボソリと呟く。これをきっかけに闘技場は鳥カゴみたいにざわつき始めた。
「聞いた、聖王クラスだって!」
「聖騎士選定杯の選抜メンバー一人、もう決定かよ……」
「そうね。精霊を全面に出して戦闘を展開されれば勝てるわけないし」
「やっぱ、触媒の差かな。流石は泉財閥の経済力ってところか?」
「馬鹿じゃないの! 才能の差よ。授業で習ったでしょ! どんな触媒を用いても結局は召喚者の才能に霊獣召喚は左右されるって……」
聖騎士でも祓魔師全体の数パーセントにすぎない。聖騎士長クラスならばもはや小さい都市なら確実に支部長クラスだ。教師の言が本当なら、幸菜はこの日、このとき世界最高峰の祓魔師に足を踏み入れたことを意味する。
騒々しい生徒達を教師が諌め、次の生徒が霊獣召喚の儀式へ移る。
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次々に学生は精霊や幻獣を召喚していく。
結論から言えばクラスAはやはり例外中の例外に過ぎなかった。
奈美のランクC-の狼の幻獣、来栖のランクC+の炎の精霊、一ノ鳥のランクD+の蛇の幻獣が最高クラス。ほとんどがGであり、FとHはごく僅かだった。
順当にいけば世界聖騎士選定杯の選抜メンバーは幸菜、奈美、来栖、一ノ鳥の四人。
遂に私の番になる。この霊獣召喚のために父の資料を読み漁り、召喚術の最大にして最高の触媒となりえる『真赤玉』を見つけたのだ。
最悪、一ノ鳥と結婚する羽目にある危険さえも許容し見つけ出した秘蔵の触媒。幸菜と同ランクの精霊か幻獣は期待できる。
「紅葉た~ん、ガンバ~」
奈美の間が抜けた声を頭から受けつつも、犬童教官から私のカードを受け取る。
受け取ったカードは私の名前が刻まれている以外、何の装飾もなされていない銀板。
このカードの使い方は通常、学校から配られている小型の専用デバイスにこのカードを挿入して画面に表示させ管理する。だからカードの外観をいくら精査しても無意味だ。
魔法陣の中に入ると、一瞬水の中に入ったと錯覚するような冷たさを肌に感じる。構わず、魔法陣の中心へと脚を運ぶ。
祭壇は正六角柱のような外見をしていた。その上面には丁度カードがぴったり嵌る浅いくぼみがある。そのくぼみにカードを設置する。
そして私が持つ『真赤玉』の三個の内の一つを右脇の正四面体の穴に入れた。
カラーンと心地いい音が響く。
カードが青色に染まる。そのはずだった。
(んっ? 何、これ?)
青色に染まるはずのカードは当初金色に、次いで真っ赤に染まり、それに黒色が混じり始める。
黒と赤に染まったカードは祭壇、それと接する魔法陣さえも黒赤色に伝播していく。黒赤色魔法陣は瞬きを衝く間もなく私を取り囲み回転を開始する。
唐突過ぎて事情が飲み込めない。
魔法陣は通常の十数倍の規模にも及び、幾つもの魔法陣が次々に現れては消えていく。魔法陣から生じた赤黒色の魔力により、爆風が吹き荒れる。どう控えめに見積もってもこの現象はイレギュラーだ。
「紅葉っ!!」
焦燥をたっぷり含んだ奈美の声で逆に若干冷静差を取り戻す。
(駄目っ!! 集中しろ!!)
赤黒色の魔力は私を取り囲む魔法陣から同心円状に幾つもの衝撃波を生じさせ、観覧席の方へと吹き抜けている。至る所で生じる生徒達の悲鳴と驚愕の声。
胃を固く締めつけるような不安の念を吹き飛ばし、下唇をかみ切り、ただひたすら精神統一を図る。
……
…………
………………
竜巻のような魔力の放出が収まり、魔法陣が消失する。
思わず生きていることに両膝をつき、肺に大きく空気を入れる。
私の眼前に佇む一人の黒髪の中肉中背の少年。
幻獣には見えない。精霊だ! 精霊と幻獣の強さは若干ではあるが精霊の方に軍配が上がる。
特徴がないパッとしない外見であり、とても強くは見えないが、精霊の強度など私達人間にはよくわからない。
観覧席の電光掲示板に即座に視線を向ける。
一斉に観覧席にいる生徒、教師さえも視線を掲示板へ向ける。
掲示板に文字が映し出され――。
『■召喚者:織部紅葉
■召喚されしもの:ライト
■種族:人間
■階位:高校生
■ランク:Ω+
■属性:無
■許容限界使役数:残り0』
暫くの静寂。嘘のように周囲は静まり返っている。
私の頭がこのふざけた事実を認識したそのとき観覧席中に嵐のような爆笑が巻き起こった。