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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.093:想いを封印して

 椎名しいなの心配りもあって、詩織しおりは、久しぶりの遊園地を、思い切り、楽しむことができた。

「何度も言いましたけど、これって、本当に椎名さんのお祝いになってるんでしょうか? 私の方が楽しんでいるみたいで」

「俺だって何度も言うぜ。そんな桐野を見られることが俺にとってのご褒美だとな」

「それだと良いんですけど」

「それより、少し腹が減ってないか?」

 太陽は、既に真上に移動してきていた。

「そうですね。少し」

「何か食べよう。希望はあるか?」

「何でも良いです。最初に見つけた所に入りましょうか?」

「分かった」

 詩織と椎名は、フードコートのような場所を見つけた。正午には、少し早くて、まだ、テーブルには空席もあった。

「ここで良いか?」

「はい」

 そこは、カウンターで注文して、空いているテーブルに自分で運ぶファストフード方式の店だった。

「桐野は何が良い?」

 焼きそばやフランクフルト、うどんと言った軽食のメニューが写真付きでカウンターに掲げられていた。

「それじゃあ、焼きそばが良いです」

「では、俺もそれにしよう。飲み物は?」

「ウーロン茶で」

「分かった。じゃあ、できたら俺が持って行くから、桐野は席を確保しておいてくれ」

「分かりました」

 休日だけに来園者も多く、まだ空席があるとはいえ、油断をすると、立ったまま食べなければいけなくなるおそれがあった。

 詩織がオープンテラスに向かうと、ちょうど、カップルが席を立った。丸テーブルに二つの椅子が向かい合ってある席で、詩織はすぐにそこを確保した。

 そこからは、椎名が注文をする人の列に並んでいるのが見えた。

 椎名は、詩織がどこに座ったのかと、振り向いて、テーブル席を見渡していた。自分の居場所を知らせるため、詩織が軽く手を振ると、すぐに分かったようで、詩織を見て、軽くうなずき、また、前を向いた。



「ねえ、彼女」

 背後から声を掛けられ、詩織は、少しびびりながら振り向いて、声の主を見た。

 そこには若い男性の二人連れがいた。チャラチャラとしたファッションと態度で、詩織をナンパしようとしていることは、何も言わずとも分かった。

「一人?」

「い、いえ、友達と一緒です」

「友達って、女の子?」

「いえ、男性です」

 男性二人は、「あっ、そう」と、そっけないセリフを残すと、「やっぱり、あれだけ可愛い子なら彼氏がいて当然だろ」などと言いながら、あっけなく去って行った。

 その男性二人と入れ違いに、焼きそばと紙コップを載せたトレイを持った椎名が戻ってきた。

「何だ、知り合いか?」

「い、いえ。一人かと訊かれて」

「遊園地に若い女の子が一人で来るはずがないだろうに」

「連れは女の子かとも訊かれました」

「なるほど。女性の二人連れだったらナンパして、二対二の即席カップルになろうという魂胆だったんだな。それで、桐野、大丈夫だったか?」

「あっ、そうですね。少し焦りましたけど、そんなに怖くなかったです」

「かなり慣れてきたかな?」

「はい」

「しかし、残念だ。あいつらがあっさりと諦めてしまって」

「どういうことですか?」

「あいつらが桐野につきまとってきたら、俺が颯爽と登場し、あいつらを打ちのめして、正義のヒーローとして、桐野の俺に対する好感度も上がっていただろうにな」

「何ですか、そのシチュエーション?」

「ストーリー的に、ありがちだろ?」

「かなり、ベタですよね?」

「確かにな。もっとも、俺も格闘技とか習っている訳じゃないから、返り討ちになる可能性が高かっただろうがな」

「駄目じゃないですか」

「いやいや、自分のために怪我をしてでも守ってくれたという感動に、桐野が包まれるということもあるだろう?」

「ま、まあ、あるかもしれないです」

「ははは、まあ、こんなふうに、映像にすれば面白そうなミニストーリーが、けっこう浮かぶんだ。今の例が本当に面白いかどうかは保証の限りではないがな」

「ふふふ」

 詩織は思わず笑ってしまった。

「何だ?」

「やっぱり、映像のことから離れなれないんだなって思って」

「すまない。今日は、桐野のことを一番に考えていないといけなかったな」

「だから、今日は、椎名さんのお祝いなんですから、私が椎名さんのことを一番に考えなきゃいけないんですけど、何か自分の方が楽しんでしまって」

「俺は、そんな桐野が見られて嬉しい。って、話が元に戻ってるぞ」

「そうですね」

 詩織と椎名は、見つめ合って笑った。

「とりあえず、食べよう」

「はい」



 そのまま、夜まで遊園地を楽しんだ二人は、パレードの開始を待つ間、観覧車に乗ることにした。

 グループごとにしか乗せないようにしていて、詩織も椎名と二人きりでゴンドラに乗り込んだ。

 次第に上昇していくと、遠くに東京都心の夜景も見えてきた。

 その宝石をまき散らしたような景色に、詩織は、思わず「きれい」と呟いて、そのまま無言で見入ってしまった。

 その詩織の横顔を穏やかな表情で眺めていた椎名が、バッグから、また、デジタルカメラを取り出した。

「桐野。また、写真を撮らせてもらって良いか?」

「あっ、はい」

 詩織は姿勢を正して、対面の椅子に座っている椎名に向き直った。

「夜景を眺めている横顔を撮りたいんだ」

「は、はい」

 詩織は、すぐに体を窓の方に向けた。

 カメラマンの注文に即座に応えることができるのも、昔取った杵柄なのだろう。

「このカメラでは、残念ながら、夜景の美しさをそのまま写真に収めることはできないから、バックは少しぼかした感じにして、桐野の横顔を際立たせる」

「はい」

「それで、そのまま、黙って、俺の話を聞いていてくれ」

「はい?」

「シャッターチャンスを逃がしたくない」

「……はい」

「アイドルグループとはいえ、そのセンターを任され、そして、今のバンドでのボーカルの力強さから言っても、桐野は、歌について、天性の素晴らしい才能を持っていることは疑いようがない」

「……」

「クレッシェンド・ガーリー・スタイルは、必ず、多くのファンを獲得するはずだ。そして、桐野は、ミュージシャンとしての名声も得るだろう」

「……」

「桐野は、アイドルの頃と同じように、そのうち、俺の手が届かない存在になる。いや、なってもらわないと困る」

「……」

「だから、俺なんかが独り占めできている、今のような時間は、もう二度と来ないだろう」

「そんなことはありません!」

 詩織は思わず椎名を見た。

「窓の方を向いていてくれ」

 椎名は構えていたカメラから視線を外すことなく静かに言った。

「……」

 詩織は、椎名の指示に従って、また、窓の方に体と顔を向けた。

「以前にも言ったが、俺は桐野のことが好きだ。それは、今日一日中、一緒にいて確信をした。しかし、その想いは今日を限りに封印する。だから、明日のバイトの時も、いつもどおりの桐野で来てくれ」

「……」

「そして、桐野は夢に向かって走り続けてくれ」

「……」

「もちろん、俺も夢に向かって走る。お互いに夢を実現させた後、桐野に好きな人がいなければ、その時にもう一度言う。桐野のことが好きだと」

 椎名に横顔を見せたままの詩織の頬に涙が一筋流れた。

 そして、その涙を拭うこともせずに、微笑んだ。

 瞬間、カメラが刹那の光を詩織に浴びせた。

「今の桐野の表情は、俺にとって最高のプレゼントだ」

 椎名がデジカメの画面を詩織に向けた。詩織も体の向きを直して、その画面を見た。

 微笑む詩織の横顔に光る一筋の涙。

 それは、紛れもなく、椎名の気持ちに触れて、溢れてきた感謝と感動、そのものだった。

「椎名さん!」

 詩織は、椎名の目をしっかりと見つめた。

「今のお話、私の記憶にもしっかりと刻まれました。今は、本当に、バンド以外のことは考えられません。でも、その気持ちが一段落した時、椎名さんのお気持ちにどう応えるべきなのか、自分の正直な気持ちはどうなのかを、ちゃんと考えます。そして、……ありがとうございました」

 詩織が椎名に頭を下げると、椎名は「俺が勝手にしていることだ」と照れたように視線をそらした。

 ゴンドラが地上に近づいて来た。

「降りる時、揺れるかもしれない」

 そう言った椎名は、詩織に手を差し出した。

 詩織もにっこりと笑って、その手を握った。

次回からは、いよいよ第四楽章のクライマックス! ロクフェスに舞台を移します!

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