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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.092:初めてのデート

今回は、分量の都合上、二つに分けたデート回の二話を一挙に掲載します。

 詩織しおり椎名しいなと一緒に遊園地に行くことを約束していた日。

 九月下旬の土曜日。

 詩織と椎名は、江木田駅で待ち合わせをして、そのまま電車を乗り継ぎ、遊園地に向かった。

 行きの電車の中から人が多く、詩織と椎名も電車のドアに体を押しつけられながら、並んで立っていた。

 詩織は、いつもと同じボーイズ風ファッションで、帽子もかぶらず、眼鏡も掛けず、ありのままの姿でいた。

 一方の椎名も、メンズファッション誌から抜け出てきたかのようなセンスが良い服装で、ショルダーバッグを肩から提げていた。

 ドアのガラス越しに海が見えてきた。

 太陽の光を反射してキラキラと輝く海面が眩しかった。

 遊園地最寄りの駅に到着すると、電車の乗客のほとんどが降りて、駅のホームが人で溢れた。

 久しぶりの人混みに、詩織は少し目眩がしてしまい、椎名の方によろけてしまった。

「どうした?」

「すみません。ちょっと、人が多くて」

 詩織の言葉を聞いた椎名は、何も言わずに、詩織の手を取った。

「えっ?」

 椎名は、人の流れに逆らうように、詩織の手を引き、ホームのベンチの前まで詩織を連れて来た。

「少し休もう」

「い、いえ、大丈夫です。もう、治りました」

「本当か?」

「はい」

「そうか」

 と言った椎名は、今、気づいたように、つないでいた詩織の手を離した。

「すまない。勝手に手を掴んでしまって」

「い、いえ。椎名さんは約束を守ってくれたんですよね?」

「うん?」

「私を守ってくれるって」

「ああ、そうだな。頼りない守り方だったがな」

「そんなことないです。ありがとうございます」

 詩織は、椎名にいつもの笑顔を見せた。

「椎名さん、本当にもう大丈夫です。行きましょう」



 駅の改札に直結している遊園地の入り口を入ると、それまで同じ方向に歩いていた観客がお目当てのアトラクションに向かって、さまざまな方向に向かって流れだした。

 残暑も収まり、気持ちの良い初秋の晴天の日だけに、園内もかなり混雑をしていた。

「俺も久しぶりに来たが、これほど、人が多かったかな?」

「今日は天気も良いですし、たぶん、いつもより人は多いのではないでしょうか?」

「しかし、これでは、せっかく来たのに、アトラクションもそれほど回れないな」

「この中にいるだけで楽しいです」

「じゃあ、少し園内を歩いてみるか? どこに何があったのかも、よく憶えていないし」

「私もです。お散歩しましょう」

 詩織と椎名は、ゆっくりと並んで歩いた。

 その時、詩織は気づいた。

 すれ違う女性だけのグループからはおろか、カップルの女性や家族連れの母親までもから、椎名に視線が注がれていることを。

 それだけ、椎名のビジュアルはイケているということなのだ。

 椎名に見とれている女性達は、当然、その連れである詩織にも注目をするはずで、実際に、何人かの女性と目が合った。

 男性から見られることは、ある程度、予想していたが、まさか、それ以上に、女性からも注目されるとは想定してなかった詩織は、すれ違う人と目が合うたび、心の中に不安がわき出てきた。

桐野きりの、大丈夫か?」

 自分だけではなく、詩織も注目を浴びていることが分かったのだろう。椎名が声を掛けてきてくれた。

「大丈夫です。いえ、本当はドキドキしてますけど、これを乗り越えなきゃいけないんですよね」

「まあ、無理をすることはないぞ。どこか、人目の少ない場所で休憩をしようか?」

「いえ。今日、ずっと、こんな気持ちじゃ、ここに来た意味はないです。それに自然に楽しめるようにならないと、椎名さんをお祝いすることもできません」

 詩織は、自分の覚悟を自分に言い聞かせて、また、歩きだした。



 しばらく園内を歩いていると、次第に、詩織も見られることに慣れてきた。

 もしかすると、桜井さくらい瑞希みずきに似ていると思った人も何人かはいたのかもしれないし、詩織自身の可愛さに注目した者もいるだろう。しかし、詩織に近づいてきたり、追い掛けたりする者も、ジロジロとぶしつけに見つめる者もいなかった。

「椎名さん、そろそろ、何かに乗りましょうか?」

「そうだな」

 いつもの詩織に戻っていることが、椎名にも分かったのだろう。

「桐野は、絶叫系のアトラクションは平気か?」

「た、たぶん」

「おやっ、急に元気がなくなったな」

「最近、乗ってないので、絶対という自信はないです」

「ははは、そうか。では、無難なところから慣らしていくか?」

 そもそも、絶叫系のアトラクションには、長蛇の列ができていて、どうしても、それに乗りたいという希望があった訳ではない二人は、そのアトラクションをスルーして、それほど列が長くないアトラクションを選んで乗った。

 そんなアトラクションは、どちらかというと、子ども向けのものが多かったが、幾つかのアトラクションを楽しんでいると、詩織も子どもの頃のような無邪気な気持ちになってきて、いつしか、夢中になっていた。

「椎名さん! 次は、あれに乗りましょう!」

「ははは」

「な、何ですか?」

「以前、桐野がお子ちゃまだと言ったことを取り消したが、時期尚早だったかなと思ったんだよ」

「椎名さんだって、楽しんでいたじゃないですか!」

「桐野と一緒だからだよ。でも、桐野は、純粋にアトラクションを楽しんでいたな?」

「ご、ごめんなさい。椎名さんのお祝いのためだったのに、私一人がはしゃいでしまって」

「いや、俺も桐野のそんな顔を見られて嬉しいよ、俺にとっては、何よりのご褒美だ。むしろ、桐野にはもっと楽しんでもらいたい」

「そ、それじゃ、遠慮なく」

「はははは」

 和やかに笑った二人は、その後も園内マップを見ることなく、気ままに園内を周り、目に付いたアトラクションを楽しんだ。

「久しぶりに、あれに乗りたいです!」

 詩織が指差す先には、メリーゴーランドがあった。

 父親と母親との家族三人でこの遊園地に遊びに来たのは、小学生低学年の頃だった。その頃、三人で乗ったメリーゴーランドの楽しさが、まだ、脳裏に残っていた。

 しかし、椎名は、申し訳ないという表情をしていた。

「すまないが、あれには、桐野が一人で乗ってくれないか?」

「えっ? 男性があれに乗るのは、さすがに恥ずかしいですか?」

「いや、そういう訳ではないんだ」

 椎名は、ショルダーバッグから小型の一眼レフカメラを取り出した。

「ふと、メリーゴーランドに乗っている桐野を撮りたくなったんだ」

「い、良いですけど……。でも、どうしてですか?」

「メリーゴーランドは、メルヘンチックなイメージの代表的な遊具だろう? 少し幻想的でもあって、映像的には面白い題材だ。そんなイメージの中の桐野を収めたいと、ふと、思いついたんだ」

 詩織は、こんな時にも映像のことが頭を離れない椎名を、ジト目で見つめた。

「呆れてるだろ?」

「少し。でも、それも椎名さんらしいです」

「すまない」

 メリーゴーランドの円形の柵の外に椎名を残して、詩織は一人で列に並んだが、すぐに順番が回ってきて、ユニコーンの背に横向きに座った。椎名の方に向くと、柵に寄り掛かるようにして、既にカメラを構えていた。

 メリーゴーランドが回り出した。

「そういえば」

 詩織は、同じシチュエーションで、グラビアの撮影をしたことを思い出した。

 セーラー服風の衣装を着て、今と同じように、ユニコーンの背に横向きに座り、カメラマンの前を横切るたびに、天使の微笑みをレンズに向かって投げ掛けた。その時は、自然にその微笑みが出ていた。「あのカメラレンズの向こうには、大勢のファンの人がいるんだよ」という事務所の言葉に、まったく疑問は持たなかった。

 しかし、それは詭弁に過ぎなかった。

 カメラレンズの向こうには、カメラマンしかいなかった。グラビアになった詩織の写真は、いくつもの修正がされて、世に出ていた。そこに写っていたは、「作られた」詩織だった。そんな「作られた」自分が歌う歌は、本当に自分の歌なんだろうか?

 引退する直前には、そんなことばかりを考えていた。

 少し複雑な気持ちになった詩織は、一応、椎名のカメラのレンズを追ったが、自然な笑顔はできなかった気がした。

 メリーゴーランドが止まると、詩織は出口から出て、すぐに椎名の元に戻った。

「桐野。何かあったのか?」

「はい?」

「いや、自分から乗りたいと言った割には、今までと違って、表情が明るくなかったんでな」

「昔、同じような撮影をしたことを思い出して、ちょっと複雑な気持ちになってしまって」

「そうか」

 詩織が引退した理由も聞いている椎名は、それ以上、突っ込んでくることはなかった。

「しかし、俺的には良い写真が撮れたと思ってるぞ」

「えっ、今のでですか?」

「ああ、アンニュイな感じが出ていて、俺が、まだ見ていない桐野を見せてくれた気がしたんだ」

 椎名がカメラの液晶画面を詩織に向けて見せた。

 そこには、伏せ目がちで物思いにふけっている詩織の表情が捉えられていた。

 詩織自身も、あまり見たことがない自分の表情だった。きっと、アイドル時代のことを思い出して、複雑な気持ちになった一瞬の表情を、椎名が逃すことなく切り取ったのだろう。

「私、昔のことを消し去りたいって思っているのに、まだ、忘れられないのでしょうか?」

「そもそも、人は、その記憶のすべてを忘れ去ることなどできやしない。できたとすれば、それは病気だ。桐野がアイドルをしていた事実も、その間の記憶もなくなるものではない。思い出すことは仕方がないことだ」

「そ、そうですね」

「桐野が陥っていたのは、過去のことに縛られすぎて、何事にも消極的になったり、逆に過敏に反応したりすることだろう?」

「はい」

「今、遊園地を楽しんでいる桐野には、そんなところはまったく感じられない。その調子で、もっと遊園地を楽しもうじゃないか」

 

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