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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.086:ロクフェスに向けて

 玲音れおがこれまでにやってきたバンドのライブでは、自分達では百点の出来だと思っていたが、ヘブンズ・ゲートのマスターの評価は零点に近かったこともあった。自分達では自分達がよく見えないということは、榊原さかきばらが言うとおりなのかもしれない。

 クレッシェンド・ガーリー・スタイルのこれまでのライブはすべて大成功だった。しかし、まだ、三回しかやっていない。たまたま、自分達と波長が合う観客が来てくれていただけで、実は、それほど多くの人に受け入れられる音楽ではないのかもしれない。

 まだまだ、未知数なのだ。

 そんな時に、第三者的な立場から、バンドを「正しい方向」に導いてくれる存在は、深みにはまらないうちにあった方が良いだろう。

 玲音は、いよいよ迷ってしまった。

 今まで夢見てきたプロデビューへの入り口が、もう、そこまで来ている。今すぐにでも榊原の事務所に所属したいという願望もあり、それは日々、大きくなっていた。

 一方で、せっかく見つけた、気の合う仲間達とのバンドを大切にしていきたいという気持ちもあった。

 しかし、趣味のバンドではなく、プロとして活動するためには、そんなことは言っていられないのかもしれない。

「あ、あの、他のメンバーともよく話してみます」

「ええ! ぜひ!」

 かなでは、自分と違い、少し冷めたところがある。それは裏返すと、大人だということで、玲音と一緒にはしゃいではくれるが、最後には、きっちりと対応をするところが、玲音にしてみれば、密かに頼れる存在で、バンド仲間のカホが言った、奏は玲音にとって、念願の「姉」だということは、あながち間違いではなかった。

 のんびり屋の妹をぐいぐいと引っ張っていく癖がついていた玲音にとって、冗談まじりにでも、奏といろいろと相談することができて、一人で悩むということが少なくなり、それが玲音の心の平穏にも繋がっていた。

 奏とつきあうようになってから、腹を立てる度合いが、ぐっと減ったことは確かだ。

 それはともかく、奏も榊原から同じことを言われていたはずだ。しかし、玲音のプロデビューへの熱い想いは、奏のような冷静な対応が難しかった。

「良い返事を期待しています」とワイングラスを掲げながら言った榊原に、玲音は、曖昧にうなずくことしかできなかった。

「ところで、次のライブは決まっているのですか?」

 メインディッシュが運ばれてきたタイミングで、榊原の勧誘攻勢が一息ついたことで、玲音は、密かに肩を撫で下ろした。

「十月に山梨で行われる野外のロクフェスに応募をしています」

「ああ、あれですか。実は、うちの新人バンドが一つ、第二ステージに出演することになっていましてね。私も見に行くことにしているんです」

「そうなんですか」

「あのロクフェスは、かなりの観客動員がありますからね。もし出演することになれば、ますます、クレッシェンド・ガーリー・スタイルが多くの人の話題にのぼることになるでしょうから、私としては、ちょっと焦ってしまいます」

「出演できるかどうかは、明日、ホームページ上で発表があるはずです」

「私も確認をしますよ。いや、皆さんの力から言って、出演できることは間違いないと思います。もし、皆さんが落選していたら、審査員の耳を疑いますね」

 榊原からそこまで言われて、玲音もそんな気になってしまった。

「もし、出演できたら、いつもどおり、思い切り、やるだけです!」

 玲音の言葉にうなずいて答えた榊原は、メインの肉料理をひと口食べてから、玲音に問い掛けた。

「ところで、会場まで、どうやって行くんですか?」

「電車で行こうかなって思ってますけど」

「最寄りの駅から会場までは、けっこう、道のりがありますよ。観客用にシャトルバスが運行されているはずですが、出番の時間次第では、まだ、シャトルバスが運行していない時間帯に会場入りしなければいけないかもしれませんよ」

「そうなんすか?」

「それに、どこに泊まるつもりなんですか?」

「いや、まだ、そこまでは考えていませんが」

「まさか、日帰りするつもりなんですか?」

 そう思っていた玲音だった。

「これも出演時間帯によりますが、当日、東京から移動して疲れてしまって、演奏に集中できないということも考えられます。基本的には、前日入りをしておくべきでしょう。ということは、ホテルなどの予約もしていないのですよね?」

「は、はい」

「多くの人がやって来るイベントがある時には、会場の近くのホテルや旅館はすぐに予約で埋まってしまいます。受かる受からないは別にして、予約だけはしておくのが常道なんですよ。プロにとって、ステージに穴を開けることが一番してはいけないことなんです。それはスケジュール管理をしている芸能音楽事務所として、一番恥ずべき事態です」

「は、はあ」

「とりあえず、明日、出演が決まれば、私の方で宿の手配をしましょうか?」

「そ、そこまで、やっていただくのは申し訳ないです」

「餅は餅屋に任せてもらえれば良いんですよ」

「でも、他に問題もあって」

「何ですか?」

「アタシ達、貧乏なので、泊まるとしても安いホテルしか泊まれないんです」

「ああ、そんな心配はしなくて良いですよ。では、こうしましょう。私が皆さんの宿泊代を出しましょう」

「そ、そんな、まだ、所属もしてないのに」

「いや、これは先行投資ですよ。それが気になるというのであれば、無利子での貸し付けということでも良いです。私としては、将来、それが何倍にもなって返ってくると信じています」



「それで結局、榊原さんのお世話になることになっちゃったの?」

 奏が呆れた顔で、玲音に尋ねた。

「仕方ないだろ」

 今日は九月十五日。月曜日。

 山梨で行われるロクフェスの出演者の発表があり、クレッシェンド・ガーリー・スタイルは出演を決めた。

 ロクフェス自体は、十月十二日と十三日の二日にわたって、朝十時から夜十時までぶっ通しで、大中小の三つのステージでライブが行われることになっていたが、クレッシェンド・ガーリー・スタイルのステージは、一番小さな第三ステージで、二日目、十三日の午前十一時スタートということになっていた。

 すぐに玲音の携帯に榊原から電話があり、午前十一時からだと、当日の現地入りは厳しいとのことで、宿屋の手配をするからと一方的に伝えられたのが、午後二時頃。

 二時間ほど経った午後四時頃には、無事、宿が取れたと連絡があった。

 そして、スタジオリハ後のいつもの奏屋でのミーティングで、玲音がそのことをメンバーに伝えたのだ。

「会場に近い旅館を予約してくれたみたいで、四人部屋なんだって。夕食、朝食込みで一人二万円。宿泊代は、当面、榊原さんが出してくれることになっていて、無利息での貸し付けということで、返せる時に返してくれれば良いと言われてる」

「二万円かあ。私は何とかなりそうだけど、みんなは?」

 社会人の独身貴族でもある奏がメンバーを見渡した。

琉歌るかに手持ちの株を少し売ってもらって何とかすることにした」

 玲音と琉歌も何とかできそうだ。

 みんなが詩織しおりに注目した。

「あ、あの、私の手持ち資金だけでは無理ですが、父親に相談したら何とかなると思います。何か、いつまでもスネをかじっているみたいで嫌ですけど……」

「まだ高校生なんだから、スネをかじっても許されるわよ。それに、お父さんにしてみれば、詩織ちゃんから頼ってもらう方が嬉しいんじゃないの?」

 詩織の気持ちを和らげようとしてくれたのか、奏がそう言った。

「そうでしょうか? 一応、父親から借りるということにしようかと思ってます」

「詩織ちゃんは本当に真面目ね。そんなところも可愛いけど」

「そ、そんな……。でも、四人で一緒にお泊まりができることは、正直、楽しみです!」

 奏の家には何度も泊まっているが、玲音と琉歌とは一緒に泊まったことがない詩織は、きっと、この四人なら、朝までずっとしゃべっていそうだと思った。

「アタシらも、旅館なんて修学旅行以来だから、けっこう楽しみにしてんだ。なあ、琉歌?」

「うん! どんなご馳走が出るのかな~。考えるだけで、よだれが出ちゃうよ~」

「私も速攻で有給を取ったからね。でも、あの店長代理め! 『先生、ひょっとして新婚旅行ですかあ? うひょひょ』なんて言いやがって! あいつにだけは、絶対、お土産を買ってやらないからね」

 奏の店長代理ネタにメンバー全員がひと笑いした後、玲音が詩織に笑顔を向けた。

「そうそう。おシオちゃんにもう一つ、朗報があるんだ。ホットチェリーの出番は、前日十二日の夜八時からなんだって」

「本当ですか!」

 詩織の顔がひときわ輝いた。

「榊原さんにもホットチェリーのライブを見たいって話をしたら、アタシらが泊まる旅館から会場まで歩いても十五分ほどで行けるんだって。だから、旅館の夕食を早めに出してもらえば、夕食が終わってから見に行けるってさ」

「行きます! 絶対、行きます! あっ、でも、皆さんは、どうされます?」

 一人で盛り上がってしまった詩織が、優しくも、少し呆れ気味に詩織を見ていたメンバーに訊いた。

「私は一緒に行くわよ。だって、詩織ちゃんを一人で人混みの中に行かせる訳にいかないじゃない」

 詩織にとっても素敵な姉である奏が言ってくれた。

「アタシと琉歌も行くよ。まあ、ホットチェリーは、めちゃくちゃ好きって訳でもないけど、嫌いって訳でもないし、プロとして長年活動しているバンドの生ステージは、いろいろと参考になりそうだしな。それに自分達が出るステージも近くにあるみたいだから、下見を兼ねて行けるしさ」

「あっ、それもそうですね」

 出演者であることを、すっかりと忘れていた詩織であった。

 それだけ、詩織にとって、ホットチェリーは大好きなバンドだった。

 ボーカルでリーダーの芹沢せりざわ勇樹ゆうきをはじめ、メンバーは既に全員五十歳代で、二十年以上、第一線で活躍している。ブルージーなロックンロールが定番で、ファンは男性が多かったが、詩織のような女性ファンも珍しくなかった。

 父親がやっていたバンドがホットチェリーに似ていたし、何よりもホットチェリーのスタジオライブを見て、受けた衝撃が、アイドル引退、そしてバンド活動へと詩織を突き動かしてきたのだ。言わば、今の詩織を「作った」張本人なのだ。

「でも、夕食の後、出掛けるのなら、あまり飲めないわね」

「終わってから飲めば良いじゃん」

「でも、あまり遅くまで飲み過ぎると、翌日十一時からの本番に支障が出てもいけないしさ」

「どんだけ飲むつもりなんだよ?」

「旅行先みたいな、いつもと雰囲気が違う所だと、ついつい進んじゃうのよ」

「ちょっと待ってくれ! 観光旅行に行くような雰囲気になってるけど、ライブをしに行くんだからな! 忘れないでくれよ!」

 リーダーの玲音が、詩織と奏に言い聞かせるように言った。

「そういうお姉ちゃんだって、何を着て行こうかなって、早速、悩んでいたじゃん~」

 琉歌の裏切り発言に、「ス、ステージ衣装のことだよ!」と苦し紛れに言い訳をする玲音だった。


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