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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.085:情熱を熱く語り

 クレッシェンド・ガーリー・スタイルは、九月十三日に開催された横浜のライブハウス「異人館」での合同ライブも大成功に終えた。

 ネットで話題の「あのバンド」が出るのかと、事前にかなりの問い合わせがライブハウス側にあったこともあり、当初、六バンド中、三番目の出番だったのが、ライブハウス側からの要請で、ラストの出番になった。

 そのせいもあり、満員御礼の状態で出番を迎えたクレッシェンド・ガーリー・スタイルは、その観客の期待を裏切ることなく、熱狂の渦に巻き込み、また、二度のアンコールにも応えた。

 この成果に、メンバーも、いよいよ、本格稼働に向けての意識が高まってきていた。



 異人館でのライブにも来ていた榊原さかきばらから、翌日の日曜に初めて会う約束をした玲音れおは、コンビニのバイトが終わった後、池袋駅まで一人でやって来ていた。

 時間は、午後六時。

 まだ、残暑が残る夕暮れ時。

 待ち合わせ場所として有名な「いけふくろう像」の前で待っていた玲音は、駅の改札方向から榊原が歩いてきているのを見つけた。

 体格が良く背も高い榊原は、混雑する駅の地下通路でも、頭一つ抜き出ていて、すぐに分かった。

「玲音さん、お待たせしました」

「いえ、アタシも今、来たばかりです」

 と言った玲音だったが、三十分前には、この場所に立っていた。

 軽い気持ちで、かなでに代わって、榊原と話をすると約束をしたものの、バイト先のコンビニでチンピラを退治してくれた榊原の第一印象で胸がときめいたこともあり、実際に、二人で会う約束をしてから、何となく、気になって仕方がなくなり、まるでデートに来ているかのように、服もメイクも気合いが入っていた。

 詩織と同じように、ステージで「暴れ」回る玲音は、基本的にパンツルックが多いが、この日は、緑色のタンクトップの上に、カーキ色のオープンショルダーカットソーを着て、ボトムはジーンズのミニスカート、すらりと伸びた素足にグラディエーターサンダルというスタイルで、ファッションモデルかと見間違うほどであった。

 一方の榊原は、ノーネクタイのボタンダウンシャツに、仕立ての良いサマージャケットを羽織っていて、どれもブランド品のようだった。

「玲音さんは、センスの良い服を、毎回、着ておられますね?」

「そ、そうすか?」

 ずっと、プロミュージシャンとして花開くことを夢見ていた玲音は、これまで定職には就かず、フリーターとして、主に家の近くのコンビニでバイトをしていた。琉歌るかがネットトレーディングで二人の家賃分は稼いでくれるので、実際に金に困ったことはなかったが、かといって贅沢ができる暮らしぶりでもなかった。

 だから、服も海外の高級ブランドには手が出なかったが、手頃な値段で買えるお気に入りの国内ブランドの服を着回しするなど、玲音のセンスが光る着こなし術であった。

 そんなこだわりを持っている玲音には、着こなしを褒めてくれた榊原の言葉は素直に嬉しかった。

 もっとも、一歩間違うと、口説き文句のようにも聞こえる台詞だが、榊原の体育会系な見た目がそう思わせるのか、爽やかに感じられた。

「さりげなく、服を褒めてくれるなんて、榊原さんも女性の扱いが上手いんじゃないすか?」

「いやいや、そんなことはないですよ。服を褒めるのは、仕事でそういう場面も多かったですから、自然と出るようになったのだと思いますよ」

「仕事でですか?」

「ほらっ、芸能人というのは、みんな、ナルシストですからねえ」

 芸能音楽事務所の社長としては、わがままな若いタレントを、時にはなだめすかし、時には褒めまくって、やる気モードにさせなければいけないこともあるのだろう。



 榊原が予約をしているというフレンチレストランに行くと、個室に案内された。

 店内に飾られている調度品や店員の接客態度からいうと、かなりの高級店のようだ。

「榊原さんは、こういう店に、いつも来ているんですか?」

「いやいや、普段は牛丼屋で済ましていますよ。藤井ふじい先生の時もそうでしたが、これは商談ですから」

「奏、いえ、藤井から聞いたんですけど、榊原さんは女性と一緒に食事をすることが好きだと言っていたそうですけど?」

「いや、参ったな。まあ、そのとおりなんですけどね」

 照れて後頭部をかく榊原に、玲音は、いつも自分に言い寄ってくる「自己中で軽い男」との違いを感じていた。

「でも、藤井も訊いていたと思いますけど、どうして、こんな接待のようなことをしてくれるんですか?」

「その答えは、藤井先生には伝えていましたが?」

「ええ、聞いてます。でも、榊原さんにとって、クレッシェンド・ガーリー・スタイルというバンドは、そんなに魅力があるバンドなんですか?」

「言うまでもないことです!」

 そこにちょうど、ワインを持った店員が部屋に入って来た。

 店員は、瓶のラベルを榊原に見せながら、何年物の何とかという銘柄を言ったが、玲音はよく分からなかった。

 榊原がスマートにテイスティングを済まると、店員は、榊原と玲音のワイングラスに赤いワインを注ぎ、一礼をして部屋から出て行った。

「まずは、乾杯しましょう」

 榊原がワイングラスを掲げると、玲音もグラスを持ち、目の高さまで掲げた。

 ひと口、口に含むと、芳醇な甘さと渋みが口の中に広がった。

「美味しいです」

「藤井先生からも聞いてますよ。玲音さんは、かなりイケる口だそうですね」

「お酒は、けっこう好きです」

「酔うと、どうなるのですか?」

「普段以上に陽気になって、弾けたりします」

「それは良いお酒ですね。泣き上戸や愚痴っぽくなられると、飲ませ甲斐がないですからね」

「榊原さんも、かなりイケるんですか?」

「今まで酔いつぶれたことはないですよ」

「アタシもです」

「では、今度、とことん勝負してみますか?」

「あはは、そうすね」

 前菜が運ばれてきて、また会話が中断されたが、店員がいなくなると、すぐに榊原が話し始めた。

「先ほど話が途中で終わっていましたが、クレッシェンド・ガーリー・スタイルというバンドは、今まで、いろんなバンドを見てきた私も、このバンドだけは絶対に自分で育ててみたいと思ったバンドなんです」

「うちのバンドのどんなところに、それだけの魅力を感じるんですか?」

「一番は、もちろん、ボーカルです! それは、皆さんもそう思っていらっしゃるのでしょう?」

「もちろんですよ! メンバー全員が惚れ込んでますから!」

「でも、あのボーカルを生かしているのが、皆さんの演奏だと思います。私もいろんなバンドを見てきて、ボーカルと相性が良いバックの演奏というのもある気がしているんです」

「ボーカルとの相性ですか? それは初めて聞きました」

「私がこれまで見つけたバンドの中には、演奏技術の問題というよりは、そのバンドのボーカルとの相性がよくないバックメンバーを切り捨てて、ボーカルだけを単独でデビューさせたこともありました」

「けっこう、シビアですね」

「これはビジネスですからね。それは、皆さんも覚悟の上でしょう?」

「も、もちろんです」

「しかし、クレッシェンド・ガーリー・スタイルは、四人のメンバーそれぞれの個性がぶつかりあってはいますが、ボーカルの邪魔をすることなく、むしろ、ボーカルを際立たせていると思います」

「そこまで意識して演奏してないですけどね」

「おそらく無意識にそうなっているんでしょう。もう本当に、これはメンバーの相性がぴったりなのでしょうね」

「それは、アタシも、いえ、みんながそう感じています!」

「だからこそ、そんなクレッシェンド・ガーリー・スタイルを育ててみたいんです。ネットでかなり話題になってきていますから、大手の芸能音楽事務所にも、そろそろ、その存在が知られてくるでしょう。はっきりと言って、大手の事務所が提示するようなお金は、うちは出せません。でも、バンドを良い方向に持って行けるだけの自信と熱意はあります!」

 有望なミュージシャンを発掘して、育て上げ、日本の音楽シーンに新しい風を吹かせる!

 榊原が大手のレコード会社を退職して、「エンジェルフォール」を立ち上げたその理由は、まさに、榊原のこの熱い想いに裏打ちされたものだった。

 玲音も、ここまで真剣に自分達のことを考えてくれていることに感激をしてしまった。

「榊原さんの事務所に入ります!」と喉まで出かかったが、単独ライブを成功させてからという他のメンバーとの約束もあり、やっとの思いで飲み込んだ。

「こうやって、玲音さんをご招待したのも、私のこの想いを分かってほしかったんです」

「あ、あの、榊原さんの想いは伝わりました」

「そ、それでは」

 榊原が身を乗り出して、玲音を輝く瞳で見つめた。

「い、いえ、藤井も言っていたと思いますが、単独ライブを成功させてから決めさせてください」

 玲音は焦って言った。

「では、正式契約はその時に交わすとして、せめて、将来は、うちに入っていただけるという約束だけでもしていただけないでしょうか?」

「そ、それは」

「いかがですか?」

「アタシの一存では何とも」

 榊原のやや強引な勧誘に、玲音も言葉を濁すしかなかった。

 榊原の事務所に入りたくない訳ではない。

 しかし、まだ、バンドの力が弱いうちに榊原の事務所に入ることで、自分達の意見が言えなくなるのが怖いのだ。

「榊原さんは、所属するアーティストに、積極的に関与するほうなんですか?」

「そうですね。私は自分の感性というものを信じています。自信も持っています。そうでなければ芸能音楽事務所などできないとも思っています。その私の感性とずれているアーティストには積極的に関与をしています」

「じゃあ、アタシ達はどうですか?」

「先ほども言ったとおり、メンバーの相性が抜群に良いことは、外から見ていても分かりますから、そこは、いじることはないと思います。ただ、曲のコンセプト、演奏のスタイル、それらから導き出されるバンドのカラーが、今の状態でベストなのかどうかは、まだ、何とも判断できません。そこは、皆さんといろいろと話し合いをさせていただきながら、決めていくことになるでしょう」

「そうですか」

 玲音が少し残念そうな顔をしたのを、榊原も気づいたようだ。

「もしかして、私なり、私の事務所なりから、いろいろと干渉されることを恐れているのですか?」

「は、はい」

「しかし、その考えはどうでしょうか? 確かに、皆さんの考えが正しければ良いのですが、その方向性が間違っている可能性だってあります。そして、それを良い方向に修正することは、時間が経てば経つほど難しくなります。自分達だけでは分からないこともあるはずです。それを第三者的な視点から検討して、商業ベースに乗せることを目指すのが我々です。それは分かっていただけますよね?」

「も、もちろんです」

「多くの意見を取り入れながら、修正すべき点は修正し、もっと伸ばすべき点には重点的に力を入れる。早く、そういった活動を始めた方が良いと思いますよ」

 玲音は、榊原の言うことに、いちいち納得してしまった。

 奏はこれでよく今まで持ちこたえたものだと、変な感心をしてしまった玲音であった。


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