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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.084:子どもな男子

 人が変わってしまったかのようなひかるの態度に、ひとみも戸惑うしかなかったようだ。

「友達の前で恥をかかされたことが、そんなに嫌だったの?」

「まさか、あんたがあんなに怒るとは思ってなくて」

 男子高生にナンパされた女子高生が断る場合、遠慮がちに断ることが普通で、瞳のように、怯むことなく怒る女子高生は珍しいだろう。

「それは、相手が悪かったわね。ご愁傷様」

 自嘲気味な笑顔の瞳を見た光が、少しだけ表情を和らげた。

「本当に、これで許してくれるのか?」

「ええ、頭を下げた相手に土下座させようとまでは思わないからね」

 光は、ホッと肩を下げると、途端に親しげな笑顔に変わった。

「なあ! それはそうと、親父に聞いたんだけど、あんた、小説家の桜小路さくらこうじひびき先生の妹なんだろ?」

「そうだけど? それが、どうかした?」

「お、俺、桜小路先生のファンなんだ! 先生のサインとかもらえないかな?」

「はあ? いきなり、何、言ってるの? てか、あんた、本当に反省してるの?」

「してる! してるよ! だからさ」

 両手を合わせて拝むように頼み込む光のいきなりの馴れ馴れしさに、瞳の戸惑いは止まらなかった。

「ねえ、あんた。空気が読めないって言われたことない?」

「い、いや、ないぞ」

「既に読んでないじゃん!」

「えっ、そうか?」

 光のボケに瞳のツッコミという、まるで漫才コンビのようなやり取りに、詩織しおりも少し吹き出してしまった。

「何、詩織?」

「梅田さんのキャラが面白くて」

「だよね。何か相手をするのも馬鹿らしくなってきたよ」

「な、何だよ? そっちこそ馬鹿にするなよ」

「あんたの馬鹿には敵わないわよ!」

「ひ、人のことを馬鹿って言うな!」

「本当の馬鹿なんだから、仕方ないでしょ!」

「馬鹿じゃない! こう見えて、蒼天学園じゃ、二十位以内の成績は取ってるんだからな!」

 さすがの瞳も「ぷっ」と吹き出してしまった。

「あんた、言うこと為すこと、全部が小学生並みなんだね」

 瞳の言ったことが、詩織も当たっていると思った。

 女子に馬鹿にされて、親に言いつける。

 自分が悪かったと謝った相手に、すぐに馴れ馴れしく頼み事をする。

 そして、とんちんかんな受け答えからも、光は、図体は大きいが、心は子どものままのような気がした。

 動画を見て、かなでに憧れて、ピアノを始めたのも、そうなのかもしれない。

 とにかく、動機が単純なのだ。

「もう、怒る気力もなくしたよ。今までのことは、本当に水に流してあげるから。ということで、行こうか、詩織?」

 瞳が詩織の腕を取った。

「どこに行くんだよ?」

「あんたのことで嫌な思いをしたから、ちょっと、甘いものを食べにね」

「じゃあ、俺が驕ってやる」

「はあ? 何で、あんたに驕られなきゃいけないの?」

「俺のことで嫌な思いをして、それで甘いものを食べに行くっていうんなら、俺が責任を取って、お金を出す」

「理事長の息子だから、お金は持ってるんだろうけど、あんたに驕ってもらう筋合いはないから!」

「いや! これが俺流の責任の取り方だ!」

「何でもお金で解決できると思ってるの? 高校生の分際で、そんな考えを持ってたら、ろくな大人にならないわよ」

「違う! 俺にはそれくらいしかできないからだよ!」

「頭を下げたでしょ? それで良いわよ。もう、許したって言ってるじゃない!」

「俺が納得できてない! だから、納得させてくれ!」



 結局、光を伴って、モンブランが美味しいという喫茶店に入った詩織と瞳は、四人掛けテーブルに並んで座り、上機嫌でメニューを見ている光を冷めた目で眺めていた。

「あんた、本当は甘いものを食べたかっただけなんじゃないの?」

「ち、違うし! これは俺流のけじめの付け方だし!」

「すごく嬉しそうに選んでいるんだけど?」

「き、気のせいだって」

「男なのに甘いものが好きなことを友達に言うのが恥ずかしくて、ケーキを食べに行きたいのを我慢していたとか?」

「……」

 どうやら図星だったようだ。

「さ、桜小路と桐野きりのは、もう決まったのか?」

 瞳の指摘を誤魔化すように、光が焦って訊いてきた。

「あんたに呼び捨てにされる覚えはないんだけど?」

「さ、桜小路さんと桐野さんは、もう決まったのかな?」

 素直に言い直す光だった。

「とっくに決まってるわよ」

「分かった。すみませーん!」

 大きな声でウェイトレスを呼んだ光は、旬のフルーツたっぷりのパイを頼んだ。詩織と瞳はモンブランを頼んだ。

 ウェイトレスが去ってから、「モンブランも捨てがたかったな」と光が呟いたのを聞いて、瞳が、また呆れた顔をした。

「頼めば良いじゃない」

「二個も食べて、馬鹿にされないかな?」

「誰に?」

「店の人に」

 光の言葉に、詩織と瞳は顔を見合わせた。そして、瞳が少し憐れ見るような視線を光に送った。

「そうやって、人の視線ばかり気にしてるから、友達の前で私達に馬鹿にされたとか思っちゃうのよ。男なら、もっと、どーんと構えてなさいよ!」

「あんたらは、人の目は気にならないのか?」

「ならないってことはないけど、自分がやりたいことを、人の目を気にして我慢するようなことはしないわよ。詩織だってそうだよね?」

「はい」

 詩織と瞳の答えを聞いて、光は少し落ち込んだように見えた。

「俺、いつも人から見られてるって感じていて、どうしても気になっちゃうんだ」

「自意識過剰も甚だしいわね」

「だって、梅田家の跡取りだって、いつも言われていたからさ」

 詩織は、光が子どもな理由が分かった気がした。

 光は、お坊ちゃまとして育てられてきたのだ。

 梅田家は、アルテミス女学院の創始者を祖に持ち、幼稚部から大学まであるアルテミス女学院を経営する学校法人の歴代の理事長を輩出している名家だった。

 だから、欲しいものは何でも手に入っただろうから、父親に頼めば、何とかなるという刷り込みができているのだろう。

 そして、跡取り息子として、周囲から注目もされていたはずで、いつも誰かに見られているという感覚から逃れられないのだろう。

「そっか。あんたも、いつかはアルテミス女学院の理事長になるのか」

「そうなんだ。俺は、親が敷いてくれたレールの上を行くしかないからな」

「じゃあ、安穏とそのレールに乗っかかってるだけ?」

「て言うか、俺には男の兄弟はいないから、俺がやるしかないんだよ」

「男だから、女だからって、今時、どうかと思うけどねえ。まあ、他人の家の話だから、口出しするつもりもないけど」

「あんたらは、もう、やりたいことが見つかってるのか?」

「ええ! 二人ともね!」

 瞳が胸を張って答えた。

「何なんだよ?」

「教えてあげないよ! でも、二人ともその夢に向かって頑張ってるんだからね!」

 自分が小説家を目指していることは秘密にはしていないだろうが、詩織がプロのミュージシャンを目指していることは、まだ、学校には秘密にしていることで、だから、瞳も言葉を濁したのだろう。

「学校の経営者への道が用意されているとしても、奏さんからピアノを習っているみたいに、ずっと続けられる趣味を持っていたら楽しいと思いますよ」

 光が奏にデレているシーンを思い出しながら、詩織が言った。

「でも、ずっと、藤井ふじい先生が担当してくれるとは限らないからなあ」

 始めた動機が不純すぎるが、それでも、続けていれば面白くなるはずだ。

「継続は力なりと言うじゃないですか! 続けることは苦しい時もありますけど、きっと、楽しくなる時が来ますよ」

「そうそう! そういう趣味ができると、女子に振られたからって、いちいち腹を立てることもなくなるわよ」

「それって関係あるのか?」

「大有りに決まってるでしょ?」

「そ、そうなのか?」

 たまたま出会って、文句を言うために連れ出したにもかかわらず、いつの間にか、光の人生相談を受けているかのようになっていた。



 結局、三十分ほど、喫茶店で暇を潰した三人は、午後四時半頃、喫茶店を出た。五時からバイトがある詩織としてはタイムリミットだった。

「何だかんだと話し込んじゃったわね。こんなつもりはなかったんだけど」

「そうだよな」

「あんたが言うな! もう一度、訊くけど、ちゃんと反省してるんでしょうね?」

「してる! してる! 本当にしてる!」

「軽いわね。でもまあ、私も何か気が済んだから、これで恨みっこなしにしてあげるわよ。詩織は、そろそろ門限だよね?」

 詩織がバイトをしていることも知っている瞳が気を使ってくれた。

「はい。じゃあ、私、電車で帰ります」

「うん! また、明日ね!」

「はい! ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 アルテミス女学院に三年近く通ってきた詩織と瞳も、自然と「ごきげんよう」という挨拶が出ていた。

「あんたも帰るんでしょ?」

 瞳が、詩織と瞳のやり取りをぼんやりと見ていた光に訊いた。

「そうだな」と言って光は、瞳と同じ方向に歩き出した。

「ちょっと、何? ついて来ないでよ」

「いや、俺の家もこっちなんだ。歩いて十分くらい」

「じゃあ、あんたが先に行きなさいよ! 跡からついて来られると、何か嫌だから」

「さっきから、俺って散々な言われようじゃない?」

「今頃、気づいたの? さあ! とっとと帰った帰った!」

 光を先に行かせて、距離を取りながら帰って行く瞳だったが、詩織は、何となく、二人の会話のテンポがしっくりときている気がしていた。


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